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『ドライブ・マイ・カー』だけじゃもったいない! 外国人から見た濱口監督作品の魅力

SETTLING INTO JOURNEY

2022年4月7日(木)17時15分
サム・アダムズ(スレート誌映画担当)

『寝ても覚めても』

濱口の作品に繰り返し登場するテーマは、過去に終わった恋愛の亡霊が私たちを苦しめ、時には何年も付きまとうというもの。このアイデアは18年公開の本作で最もストレートに表現されている。主人公は謎めいた青年と激しい恋に落ち、彼の突然の失踪で愛を失い、数年後に彼とそっくりな男と再会する。

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2人のそっくりな男の間で揺れる想い COURTESY SLATE

『寝ても覚めても』はここで紹介する3本の映画の中で、濱口が好む控えめな演技スタイルが最もうまく機能していない作品だ。朝子役の唐田えりかは青年に一目ぼれするはずなのに、少し遠くを見つめているだけの謎めいた無表情。だが物語が進むにつれて、この内向的な演技が新たな深みを生む。これまでの人生を何となく過ごしてきたせいで、本物の感情を忘れてしまったかのようだ。

冒頭のバイク事故のシーンで、朝子と青年が道路に横たわっている。2人とも命に別条はなく、静かな表情で見つめ合う。しかし、事故の衝撃を完全に避けられたわけではない。体がそれに追い付くのに時間がかかっているだけだ。


『ハッピーアワー』

濱口が国際的評価を得るきっかけとなったこの映画は、画期的であると同時に異例でもある。11年の東日本大震災のドキュメンタリー3部作を制作した後、濱口はフィクションの世界に戻ることに抵抗感を覚えた。そこで数カ月間、プロの俳優ではない素人と即興演技ワークショップを行い、30代後半の神戸の女性4人が自分の人生と折り合いをつけていく物語を作り上げた。

こうして15年に公開された本作の上映時間は5時間を超える大作になったが、そのわりには長さを感じさせないのが特徴だ。濱口は刺激的な展開で観客を驚かそうとも、大作の重厚感で圧倒しようともしない。むしろ『ハッピーアワー』の足取りは軽快で、上映時間の長さは描かれる状況から自然に感じられる。

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30代後半の女性4人の人生模様 COURTESY SLATE

日曜日の午後、4人の登場人物が「自分の心の声を聴く」ことをテーマにしたワークショップに参加し、終了後に一杯飲む場面は1時間近くあるが、感覚的にはあっという間だ。筆者はあまりに面白いので深夜まで見てしまった。

映画館で最後まで鑑賞するのが最適な『ドライブ・マイ・カー』と違い、『ハッピーアワー』は途中まで見て、後で続きを見るといった気ままな鑑賞法でも問題ない。この作品は小説的という表現にふさわしい珍しい映画だ。壮大な叙事詩などではないが、物語をあえて盛り上げたり複数の出来事を並列させたりせず、細部を辛抱強く積み重ねていくことで作品を機能させているからだ。上映時間の長さに尻込みすることはない。いったん見始めたら、そんなことはどうでもよくなる。

©2022 The Slate Group

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