『ドライブ・マイ・カー』だけじゃもったいない! 外国人から見た濱口監督作品の魅力
SETTLING INTO JOURNEY

濱口作品はアカデミー賞受賞の『ドライブ・マイ・カー』以外も力作ぞろい PHOTO ILLUSTRATION BY SLATE. PHOTOS BY JANUS FILMS, NEOPA/FICTIVE, GRASSHOPPER FILM, AND THE CRITERION CHANNELーSLATE
<独特の演出と描写で知られ、『ドライブ・マイ・カー』で一躍世界的な注目を浴びた濱口竜介監督の見逃せない3作品を自宅で見よう!>
濱口竜介監督を映画祭のお気に入り的存在から、アカデミー賞国際長編映画賞受賞に導いた『ドライブ・マイ・カー』。この映画の中で多言語演劇によるチェーホフの『ワーニャ伯父さん』を手掛けることになった主人公の演出家兼俳優は、出演者のちょっとした反乱に直面しかける。
緊張感をはらむシーンだ。彼は本読み(台本の読み合わせ)で演出意図を読み取れずに戸惑う俳優たちに、目の前の言葉に集中しろと指示を出す。「私たちはロボットではありません」と女優の1人が反発する。どうしてほしいか分からなければ、うまくやれるはずがない――。
「うまくやらなくてもいい」と、彼は答える。「ただテキストを読めばいい」
これと同様のやりとりは、濱口の別の作品『寝ても覚めても』にも登場する。この控えめな巨匠には、よほど強いこだわりがあるのだろう。
現在アメリカでストリーミング配信されている4本の作品は、中年女性の雑多なメロドラマから、コンピューターウイルスによって社会がインターネット以前の時代に逆戻りするSF短編まで、テーマもトーンも実にさまざま。だが、感情をあえて前面に押し出さなくても観客に伝わるという認識は共通している。濱口の描くキャラクターはしばしば絶望の淵に追い込まれるが、涙を流すことはほとんどない。
『ドライブ・マイ・カー』は3時間の長編だが、他の濱口作品はそこまで長くない。『寝ても覚めても』と『偶然と想像』は2時間前後だ(ただし、『ハッピーアワー』はこの2作の合計より長い)。
どの映画も同じような抑制されたペースで進んでいく。物語の終着点への興味をかき立てられるというより、映画と一緒に旅をさせられているような感覚だ。
世界が静止しているように見えるのは、現実のある一瞬を生きているからか、時間を何年も飛び越えているせいなのか。そして再び物語が動きだしたとき、既に何かが変わっている。
ここでは『ドライブ・マイ・カー』以外の3作品を紹介していこう。
『偶然と想像』
『ドライブ・マイ・カー』の輝かしい受賞歴は特筆に値するが、濱口が2021年に公開した傑作はほかにもある。『偶然と想像』は、題名どおり偶然と想像をテーマに緩やかにまとめられた3つの短編作品集。40分という短い時間の中で、もつれた愛情やエロチックな緊張感を描く濱口の手腕が光る。特に言葉での表現は秀逸だ(登場人物はセックスが好きだが、セックスを語ることはもっと好きだ)。
各話とも驚きの連続なので、ネタバレしない程度に触れておくと、物語は濱口が得意とする一対一の濃密な会話を軸に構成されている。そして各話とも、予想どおり結末を迎えることはない。