最新記事

映画

『ドライブ・マイ・カー』だけじゃもったいない! 外国人から見た濱口監督作品の魅力

SETTLING INTO JOURNEY

2022年4月7日(木)17時15分
サム・アダムズ(スレート誌映画担当)
『ドライブ・マイ・カー』

濱口作品はアカデミー賞受賞の『ドライブ・マイ・カー』以外も力作ぞろい PHOTO ILLUSTRATION BY SLATE. PHOTOS BY JANUS FILMS, NEOPA/FICTIVE, GRASSHOPPER FILM, AND THE CRITERION CHANNELーSLATE

<独特の演出と描写で知られ、『ドライブ・マイ・カー』で一躍世界的な注目を浴びた濱口竜介監督の見逃せない3作品を自宅で見よう!>

濱口竜介監督を映画祭のお気に入り的存在から、アカデミー賞国際長編映画賞受賞に導いた『ドライブ・マイ・カー』。この映画の中で多言語演劇によるチェーホフの『ワーニャ伯父さん』を手掛けることになった主人公の演出家兼俳優は、出演者のちょっとした反乱に直面しかける。

緊張感をはらむシーンだ。彼は本読み(台本の読み合わせ)で演出意図を読み取れずに戸惑う俳優たちに、目の前の言葉に集中しろと指示を出す。「私たちはロボットではありません」と女優の1人が反発する。どうしてほしいか分からなければ、うまくやれるはずがない――。

「うまくやらなくてもいい」と、彼は答える。「ただテキストを読めばいい」

これと同様のやりとりは、濱口の別の作品『寝ても覚めても』にも登場する。この控えめな巨匠には、よほど強いこだわりがあるのだろう。

現在アメリカでストリーミング配信されている4本の作品は、中年女性の雑多なメロドラマから、コンピューターウイルスによって社会がインターネット以前の時代に逆戻りするSF短編まで、テーマもトーンも実にさまざま。だが、感情をあえて前面に押し出さなくても観客に伝わるという認識は共通している。濱口の描くキャラクターはしばしば絶望の淵に追い込まれるが、涙を流すことはほとんどない。

『ドライブ・マイ・カー』は3時間の長編だが、他の濱口作品はそこまで長くない。『寝ても覚めても』と『偶然と想像』は2時間前後だ(ただし、『ハッピーアワー』はこの2作の合計より長い)。

どの映画も同じような抑制されたペースで進んでいく。物語の終着点への興味をかき立てられるというより、映画と一緒に旅をさせられているような感覚だ。

世界が静止しているように見えるのは、現実のある一瞬を生きているからか、時間を何年も飛び越えているせいなのか。そして再び物語が動きだしたとき、既に何かが変わっている。

ここでは『ドライブ・マイ・カー』以外の3作品を紹介していこう。


『偶然と想像』

『ドライブ・マイ・カー』の輝かしい受賞歴は特筆に値するが、濱口が2021年に公開した傑作はほかにもある。『偶然と想像』は、題名どおり偶然と想像をテーマに緩やかにまとめられた3つの短編作品集。40分という短い時間の中で、もつれた愛情やエロチックな緊張感を描く濱口の手腕が光る。特に言葉での表現は秀逸だ(登場人物はセックスが好きだが、セックスを語ることはもっと好きだ)。

各話とも驚きの連続なので、ネタバレしない程度に触れておくと、物語は濱口が得意とする一対一の濃密な会話を軸に構成されている。そして各話とも、予想どおり結末を迎えることはない。

220412P52_HDS_02v2.jpg

題名どおりのテーマでまとめられた短編集 COURTESY SLATE

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、防空強化でG7の協力要請 NATOが取

ビジネス

米指数ファンドからブラックリスト中国企業に多額資金

ワールド

イスラエルの長期格付け、「A+」に引き下げ=S&P

ビジネス

仏ロレアル、第1四半期売上高は9.4%増 予想上回
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中