最新記事

フィギュアスケート

「絶対メディア王者」としての羽生結弦

HIS POWER OF WORDS

2022年2月19日(土)10時10分
森田浩之(ジャーナリスト)

magSR20220219hanyu-morita-2.jpg

北京五輪のショートプログラムで最初のジャンプを失敗。演技を終えた後、原因となったリンク上の穴を確認する AP/AFLO

キーワードは「皆さん」だ。既に羽生は、自らが成し遂げてきたことと、これから成し遂げようとしていることが、自分だけのものではなくなっているのを知っている。

最近のアスリートは、世の中に「元気を与えたい」「感動を届けたい」などとごく普通に口にするが、羽生の覚悟はそれとはレベルが違うものだ。

自分の新たな挑戦がどれだけ人々に影響を与えるかを理解し、きちんと言葉にしてメディアに乗せる。何といっても、それは「皆さんの夢」なのだから。

羽生の「メディア力」「言葉力」は、最近になって身に付いたものではない。彼にはその発言を集めた本が何冊も出ているくらい「名言」とされるものが多い。

なかでも舌を巻くものの1つは、2014年12月にグランプリファイナルで連覇した後の会見での言葉だ。

記者の問いは「わが子を羽生選手のように育てたいというお母さんが多いのですが、どうしたら羽生選手のように育つと思いますか」というもの。正面から答えようのない困った質問だ。

だが20歳の羽生は巧みに論点をそらしつつ、こう答えた。

「僕は『僕』です。人間は一人として同じ人はいない。十人十色です。僕にも悪いところはたくさんあります。でも悪いところだけではなくて、いいところを見つめていただければ、(子供は)喜んで、もっと成長できるんじゃないかと思います」

記者の質問には、羽生が日本人の「ロールモデル」になっているという前提がある。その答えに「僕にも悪いところはたくさんあります」という、自分を等身大に見せる表現がさらりと入っているところに、高い言葉力が感じられる。

3連覇を目指して臨んだ北京五輪。だがショートプログラムでは、リンク上にあった穴にはまって最初のジャンプを失敗し、8位と出遅れた。

羽生は「氷に嫌われちゃったかな」「僕、なんか悪いことしてたんですかね」「一日一善じゃなく、十善ぐらいしないといけないのかな」などと独特の表現で悔しさを語った。

テレビカメラの向こうまで

2日後のフリーでは、巻き返しを期すとともにクワッドアクセルに挑む羽生に向けて、日本だけでなく世界中から熱い声援が寄せられた。SNS上は、さまざまな言語の応援メッセージであふれた。

この影響力の源は何か。

幼い頃の羽生が憧れ、髪形までまねたというフィギュア界の「皇帝」エフゲニー・プルシェンコ(2006年トリノ五輪金メダリスト)は、かつて羽生についてこう語った。

「ユヅルは双眼鏡でしか見えないような席の人も、一緒に滑っているような気分にさせることができる」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

訂正-米テキサス州のはしか感染20%増、さらに拡大

ワールド

米民主上院議員、トランプ氏に中国との通商関係など見

ワールド

対ウクライナ支援倍増へ、ロシア追加制裁も 欧州同盟

ワールド

ルペン氏に有罪判決、次期大統領選への出馬困難に 仏
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    「関税ショック」で米経済にスタグフレーションの兆…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中