「絶対メディア王者」としての羽生結弦
HIS POWER OF WORDS
キーワードは「皆さん」だ。既に羽生は、自らが成し遂げてきたことと、これから成し遂げようとしていることが、自分だけのものではなくなっているのを知っている。
最近のアスリートは、世の中に「元気を与えたい」「感動を届けたい」などとごく普通に口にするが、羽生の覚悟はそれとはレベルが違うものだ。
自分の新たな挑戦がどれだけ人々に影響を与えるかを理解し、きちんと言葉にしてメディアに乗せる。何といっても、それは「皆さんの夢」なのだから。
羽生の「メディア力」「言葉力」は、最近になって身に付いたものではない。彼にはその発言を集めた本が何冊も出ているくらい「名言」とされるものが多い。
なかでも舌を巻くものの1つは、2014年12月にグランプリファイナルで連覇した後の会見での言葉だ。
記者の問いは「わが子を羽生選手のように育てたいというお母さんが多いのですが、どうしたら羽生選手のように育つと思いますか」というもの。正面から答えようのない困った質問だ。
だが20歳の羽生は巧みに論点をそらしつつ、こう答えた。
「僕は『僕』です。人間は一人として同じ人はいない。十人十色です。僕にも悪いところはたくさんあります。でも悪いところだけではなくて、いいところを見つめていただければ、(子供は)喜んで、もっと成長できるんじゃないかと思います」
記者の質問には、羽生が日本人の「ロールモデル」になっているという前提がある。その答えに「僕にも悪いところはたくさんあります」という、自分を等身大に見せる表現がさらりと入っているところに、高い言葉力が感じられる。
3連覇を目指して臨んだ北京五輪。だがショートプログラムでは、リンク上にあった穴にはまって最初のジャンプを失敗し、8位と出遅れた。
羽生は「氷に嫌われちゃったかな」「僕、なんか悪いことしてたんですかね」「一日一善じゃなく、十善ぐらいしないといけないのかな」などと独特の表現で悔しさを語った。
テレビカメラの向こうまで
2日後のフリーでは、巻き返しを期すとともにクワッドアクセルに挑む羽生に向けて、日本だけでなく世界中から熱い声援が寄せられた。SNS上は、さまざまな言語の応援メッセージであふれた。
この影響力の源は何か。
幼い頃の羽生が憧れ、髪形までまねたというフィギュア界の「皇帝」エフゲニー・プルシェンコ(2006年トリノ五輪金メダリスト)は、かつて羽生についてこう語った。
「ユヅルは双眼鏡でしか見えないような席の人も、一緒に滑っているような気分にさせることができる」