やはりスピルバーグは素晴らしい! リメイク版『ウエスト・サイド』の絶妙さ
West Side Story Today
ジェンダーに関しても、この作品は時代の空気を反映している。従来は「男社会の仲間になりたい活発な娘」とされていたエニバディズが、今回はトランスジェンダーの少年という設定になり、その役をノンバイナリー(男性でも女性でもない)俳優のアイリス・メナスが演じている。
ただでさえアメリカの観客に複雑で微妙な思いを抱かせてきたWSS。その複雑さを最も深く体現してきた人物がいる。元祖映画版でアニタ(マリアの兄の恋人)を演じ、中南米系女優として初のオスカー(助演女優賞)を手にしたリタ・モレノだ。
戻ってきたリタ・モレノの意味
しばらく前のインタビューで、彼女は当時をこう回想している。肌をすごく黒っぽく塗られ、ひどいなまりの英語をしゃべらされて、もうこの役は降りようと思ったこともあった、と。
彼女の歌う「アメリカ」という曲に、こんな一節があった。「プエルトリコ、おまえの醜い島/熱帯病のはやる島......」。この一節は元祖ブロードウェイ版でも問題になった箇所で、さすがにプロデューサーの1人が作詞のソンドハイムに文句をつけ、結果として「プエルトリコ、私の愛する島/海の底に戻してやるよ」に修正された。
モレノはこの案で妥協し、修正された歌詞を歌ってオスカーを獲得した。でもその後7年間、一度も映画に出なかった。打診されるのはどれも人種的な偏見丸出しの役ばかりで、アニタを誇り高く演じた後ではとても受け入れられなかったからだ。
アニタは「私が中南米出身者の尊厳と誇りをもって演じられた唯一の役」だと、モレノは語った。ラティンクス(中南米の男女)の若い役者たちは、みんなああいう役に憧れている、とも。
だから彼女(映画の全米公開の翌日に90歳になった)は、60年ぶりにWSSに戻ってきた。今度は役者兼製作総指揮として。モレノに託されたのは、旧作にはなかった役。トニーを雇い、保護してきたドラッグストア経営者の女性バレンティナの役だ。
今までトニーとマリアが歌ってきた切ないラブソング「サムホエア」を、今度は老いたモレノがソロで歌う。するとカメラは彼女を離れ、トニーの死を悼む仲間たちの顔を1人ずつ映し出す。
歌い手が変われば歌の意味も変わる。繰り返される「私たち」は、もはや悲恋の2人ではなく、虐げられた移民コミュニティー全体になる。
WSSを過去の遺物として葬り去りたい批評家がいるのは事実。でも、それはおかしい。WSSがこれほど長く観客や役者たちの心を捉え、惑わせてきたのには、それなりの理由がある。そこに、スピルバーグとクシュナーは新しい光を当てた。音楽もダンスも素晴らしい。
そしてなにより、このアメリカで「私たち」が何を意味するのか、「私たち」はいかにして、どこに居場所を見つければいいのかを新たに問い直している。