壊れかけでも「強い絆」は確かにあった、超大作『ザ・ビートルズ』が伝える真実
A Long and Winding Road
評論家からは「これほどの尺は必要ない」という批判も聞かれる。だがドラマ『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』やマルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』のように、この作品も長さがものをいう。
割愛できそうな場面は簡単に見つかるが、どんな分野であれ長丁場のリハーサルやレコーディングに参加した経験のある人なら、創作に退屈やいら立ちが付き物であることを知っている。退屈な場面があるからこそ、あの1カ月でビートルズが発揮した創造性のすさまじさが際立つのだ。
かすかなひらめきが芸術に結実する様子を、観客は体感する。ポールはベースで適当にコードを弾き、でたらめな歌詞を口ずさみながら、数分で「ゲット・バック」の基となる曲を作る。ここからが本当の始まり。共作をやめていたはずのジョンと2人で、歌詞を磨き上げるのだ。
ジョジョとロレッタがどうしたなんて歌詞は「くだらない」とポールは言い、移民排斥へのプロテストソングに変えようとする。だが数日後には元の「くだらない」歌詞に立ち戻り、誰もが知る「ゲット・バック」が生まれる。
1年後の解散の予兆と言えそうな場面もある。問題を抱えていたジョンは落ち着きがなく、アイデアも浮かばない。ジョージは突然「もうやめる」と言い、スタジオから出ていく。別れの予感に泣きだしそうなポールの横で、リンゴは無表情だ。
隠しマイクが捉えたジョンとポールの真実
現状に悩むジョンとポールの会話を、69年当時の撮影スタッフは隠しマイクを花瓶に仕込んで録音していた。
ジョンは年下のジョージが自分たちの言動に傷つき、誰も手当てをしなかったために「その傷が膿んだ」と分析する。ポールはマネジャーの死後、ボスの役割を押し付けられたことへの不満を訴える。その後スタジオに戻るとポールは高圧的な態度を抑え、ジョンは彼とリーダーの責任を分かち合おうとする。
長いこと差別的なバッシングを浴びたオノ・ヨーコは、ここではバンドの邪魔をしないよう気遣う姿が印象的。時おりセッションに参加しマイクを握って絶叫するが、たいていはジョンの横で編み物をしたりメモを取ったりしている。間もなくポールの妻になるリンダ・イーストンの幼い娘がヨーコのまねをして叫ぶのは、ほほ笑ましい一コマだ。
ほかにもメンバー間の和やかな瞬間が映し出される。ポールのピアノに合わせてタップを踏むリンゴ。テレビで見たフリートウッド・マックのライブについて、興奮気味に語るジョージとジョン。