最新記事

韓国ドラマ

『イカゲーム』の悪夢が世界をここまで虜にする理由

ENJOYING THE GAME

2021年11月9日(火)18時45分
キム・ギョンヒョン(脚本家、カリフォルニア大学アーバイン校教授)
『イカゲーム』

集まったのはいずれも経済的に困窮して危険なゲームに参加せざるを得なくなった人々。その姿は韓国の厳しい現実をも映し出す ALBUM/AFLO

<韓国では今、子供の遊びに興じるバラエティー番組が人気。残酷なディストピアを描いて世界中で大ヒット中の『イカゲーム』は、その定石をひっくり返したかのような作品だ。韓国らしいのに普遍的な話題作の魅力を探る>

(※ネタバレあり)

近年韓国を訪れた人は、バラエティー番組の人気の高さに気付いたことだろう。

司会者とゲストが一対一で語り合うアメリカのトークショーとは異なり、韓国のバラエティーでは複数の出演者が駐車場や公園、大型ショッピングセンターといった公共の場でカメラの前に立つ。

軽いトークを繰り広げたり小突き合ったりする導入部が終わると、出演者たちはジャージーに着替え、かくれんぼや陣取り合戦や縄跳び、じゃんけんといった子供の遊びに興じる。

負ければ罰ゲームが待っているが、ほとんどは食事を抜きにされたりテレビ局まで歩いて帰らされたりといったたわいのないもの。出演者が罰ゲームで屈辱を味わえば味わうほど、観客は盛り上がる。

この手の番組の代表格『ランニングマン』は、今や韓国だけでなくアジア全域で大人気。2010年の放送開始以来、中年のお笑い芸人が若いKポップ歌手や俳優とゲームで張り合う内容で、「韓流ブーム」の中核を担ってきた。
20211116issue_cover200.jpg
昨今のソーシャルメディアには、アジア各国の人々が番組をまねしてゲームを楽しむ投稿動画があふれている。

セレブのドジな一面が見られるのも、こうしたバラエティーの醍醐味だ。いい年をした有名人が子供の遊びを再現し、幼稚に振る舞う様子は笑いを誘う。

番組は共感をかき立て、懐かしい記憶を呼び覚ますように作られているから、視聴者はセンチメンタルな気持ちになる。失った童心に思いをはせ、つかの間、時計の針が戻ったかのような感覚を覚える。

いつしか純粋にゲームを楽しむことを忘れて勝ち負けばかりにこだわるようになった自分を、しみじみ振り返ったりもする。

そんなバラエティー番組の定石をひっくり返してみせたのが、ネットフリックスで大ヒット中の『イカゲーム』。バラエティーからお笑いの要素を剝ぎ取り、その世界を悪夢のディストピアに変えて新自由主義経済に物申すドラマの仕上がりは──ぞっとするほど恐ろしい。

magSR20211109enjoyningthegame-2.jpg

NETFLIX Netflixシリーズ『イカゲーム』独占配信中

競争社会が試す人間の品性

さて、ここから先はネタバレがあるので、未見の方はご注意を。

『イカゲーム』でゲームに参加するのはコメディアンや歌手ではなく、借金で首が回らなくなり、絶望の淵に立たされた456人の男女。

舞台は孤島の迷宮めいた施設で、中にはマウリッツ・コルネリス・エッシャーのだまし絵を思わせる階段が巡らされ、スピーカーから流れるヘンデルやリヒャルト・シュトラウスの陽気な音楽が不気味さを醸し出す。

そしてここでの罰ゲームは食事抜きではなく、死だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏、4日に多国間協議 平和維持部隊派遣

ビジネス

米国株式市場=まちまち、トランプ関税発表控え

ワールド

カナダ・メキシコ首脳が電話会談、米貿易措置への対抗

ワールド

米政権、軍事装備品の輸出規制緩和を計画=情報筋
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中