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追悼

韓国キム・ギドク監督、コロナで死去 世界三大映画祭受賞の巨匠とセクハラ醜聞、本当の姿は?

2020年12月14日(月)18時55分
ウォリックあずみ(映画配給コーディネイター)

訃報への反応も賛否両論

訃報が世界に流れ、SNSではキム・ギドク監督を偲ぶ声が寄せられる一方、彼のセクハラ・暴力行為を批判するコメントも多く、賛否両論が飛び交っている。

今年、米アカデミー賞3冠を制した映画『パラサイト 半地下の家族』で、その素晴らしい英語字幕翻訳で注目が集まったダーシー・パケットは、自身のSNSで「無残な暴力を人々に犯したなら、そんな彼を称えるのは間違っている」「彼が天才かどうかなんて関係ない(そして彼が天才だったと思わない)」「特に賛辞の声が欧米から寄せられていることにがっかりだ」とコメントした。

また、このような訃報があった場合、公式メッセージを出すはずの韓国映画監督組合、韓国映画制作家協会、プロデューサー組合、映画産業労働組合、映画団体連帯会議など映画界主要団体も、キム・ギドク監督の死に対する公式な追悼の辞や哀悼を伝えていない。これは韓国映画界内でもアウトサイダーだった彼の存在を物語っている。

一方で、釜山国際映画祭のチョン・ヤンジュン執行委員長は、「映画界にとって大きな損失」と悲しみの声を投稿している。ほかに、彼と親交のあった人々が個人的にSNSにてお悔やみのコメントを載せているも、数は多くはない。

俳優やスタッフの涙はもういらない

さて、ここでもう一度冒頭のクエスチョンに話を戻そう。経歴だけ見れば申し分ない韓国を代表する監督といえる。しかし、本人のスキャンダルや作品の過激さで、新作を発表すれば常に批判の対象だ。作品と監督がしてきた行為は切り離して考えるべきなのだろうか。監督というひとりの人間だけを批判し、作品を評価することはできるだろうか?

「彼の狂気なまでの表現は、彼の人となりから生まれたものだ」という人がいる。セクハラや暴行をするような狂気的な監督だからこそ、あのような傑作が生み出されたのだ、という主張だ。しかし、それは本当に正解なのだろうか。ただの言い訳に過ぎないのではないか。

芸の肥やしに浮気をする。演技や音楽のために違法薬物をする。この業界では当たり前......など世間にはさまざまな言い逃れが存在する。しかし、それが許される時代は終わった。大衆は「そうか、ならばしょうがない......」と見逃してくれる時代ではないのである。

映画を観覧中に、その後ろに隠れた俳優やスタッフの涙を想像させる作品はもうたくさんだ。観る側にそんな余計な心配をさせる作品の責任は、やはり作り手側にある。

キム・ギドク、あなたの素顔は?

国内外の映画祭で見かけると、向こうから「あずみ氏~!」と手を振りながら声をかけてくれ、周辺の映画人たちに「教え子だったんです。いわば弟子です。日本人たった一人でね。見上げた根性ですよ」と紹介してくれた時の顔が今でも目に浮かぶ。あの監督とスキャンダルにまみれの監督、どちらが真のキム・ギドクの素顔だったのだろうか。

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