最新記事

BOOKS

『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』は何の本か?

2020年8月3日(月)15時55分
樋口耕太郎

何が科学か、計測できないからといって真実でないとは言えない

第二に、この本は明らかに論文ではない。新書という体裁で出版しているから誤解されないと思っていたのだが、「樋口の分析は、数量的なデータで実証されていない、非科学である」という指摘が一部では続いているから、その方々の意見(?)に対して、反論という意味ではなく、その背景にある私の意図を明確にしておきたい。

ただ、この話は意外にも大きな問題につながっている。何が科学か、という問いに対する答えは(研究者たちの間でも)それほど明らかではないからだ。

人間に関するあらゆる物事には二種類の真実がある。「人間の外側に存在する真実」と、「内側にある真実」である。それは例えば「脳」と「心」の違いだ。

数量的計測を重んじる、いわゆるハード・サイエンスは、前者、人間の外側で観察できるものだけが科学的真実だという捉え方をしがちだ。その観点で捉えれば、うつ病はセロトニンなどの脳内物質のアンバランスによる化学的な問題である。そして、その問題と原因は、確かに実験室で数量的に計測、観測、証明できる。そして、プロザック(抗うつ剤)を処方して問題を「解決する」。

しかし、この「科学的」アプローチには、決定的に不足していることがある。この姿勢は、「うつ病」に対して関心がある人のものであって、「人間」に関心を払っているものではないからだ。皮肉な言い方だが、(あくまで一般論として)このようなアプローチをとる精神科医は、人間(心)よりも病気(脳)に関心がある人たちである。そして、このアプローチは「科学的」だと言われている。

しかしながら、うつ病が化学物質以上の心の問題であることは、多くの人が直感している通りである。うつ病は単なる症状ではない。苛立ち、落ち込み、絶望などの症状を抱えるに至るまでの、トラウマ、人間関係、嘘、心の暴力など......、その人の人生に影響を及ぼしている一連の体験のすべてが、うつ病に至るまでの物語なのだ。これは、数量的なアプローチが決して踏み込むことができない、人間の内側の真実である。

これは、私の基本的な考え方だが、計測できないからといって、それが真実でないということにはならないし、この世界には、証明できる真実よりも、証明できない真実の方がはるかに多いのだ。証明できないことを事実と認めない姿勢を取ってしまえば、私たちの人生は、真実からはるかに遠ざかることになる。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、エネルギー非常事態宣言へ 価格低減目指

ビジネス

トランプ氏の仮想通貨「$トランプ」急騰、時価総額1

ワールド

トランプ氏、政府効率化省新設の大統領令署名へ 透明

ワールド

トランプ氏、インフレ抑制の大統領覚書署名へ=次期政
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    メーガン妃とヘンリー王子の「山火事見物」に大ブーイングと擁護の声...「PR目的」「キャサリン妃なら非難されない」
  • 3
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ?(ショベルカー・サイドビジネス・シーサイドホテル・オーバースペック)
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    台湾侵攻にうってつけのバージ(艀)建造が露見、「…
  • 6
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 7
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 8
    身元特定を避け「顔の近くに手榴弾を...」北朝鮮兵士…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    なぜリベラルは勝てないのか?...第2次トランプ政権発…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 10
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中