「あなた」はもはや日本語ではない
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<本来、日本語では「あなた」と呼びかけていいのは、対等か目下の相手に限る。部下は部長に対して「あなたはどうされますか?」ではなく、「部長はどうされますか?」と言うのが普通だ。だが最近は、外国語の影響で大きく変化している>
「親愛なる、エテリ・トゥトベリーゼ。誕生日おめでとう。私にとってあなたはベストのコーチであり、世界におけるメンターでもあります。あなたは美しさ、女性らしさを備え、(......)私の成長を促進してくれます」(ヤフーニュース 2019年2月25日)
ロシアのフィギュアスケート選手アリーナ・ザギトワの発言を読んで(むろん翻訳だが)、ああ、やっぱりと思った。こういう「あなた」は翻訳記事に多いのだが、それだけではない。
近頃よく送られてくるダイレクトメールにも「あなたへのおすすめ」「あなたが最初です!」なる表現をしばしば目にする。なぜ見ず知らずの相手に「あなた」と言われなければならないのかと、少しむっとする。というのも本来、「あなた」は対等、もしくは目下の相手に使う言葉だからだ。
そもそも、日本人は「あなた」「彼ら」など、欧米語でいうところの「人称代名詞」を使わない傾向がある(わたしは日本語には人称代名詞はないと考えているが、ここでは触れない)。なかでも、「あなた」を違和感なく自然に使える場面は日本ではとても少ない。
だから、多くの日本人は、相手の名前(「○○さん」)や役職(「××部長」)、職名(「植木屋さん」)などで呼ぶのである。
しかし、言葉は時代と共に変化していくことは言うまでもない。いや、誤用をきっかけに活性化され、豊かになっていくこともある。とはいえ、それが相手に不快感を与える場合はまずいと最近まで思っていた。
ドラマで「わたくしはあなたの執事」、テレビ局にメールした
ところが、公園で飼い犬にしきりに「あなた」と呼びかけている人を見て、ストンと胸のつかえが下りた。最近よく使われるようになった「あなた」は、実は「You」なのだということに思い至ったのである。
そういえば、こんなこともあった。「お仕えする奥様」のために執事が大活躍するドラマを見ていたとき、彼が「わたくしはあなたの執事ですから」と言ったのを聞いた私は、「お仕えする人に向かって『あなた』と言うのはいかがなものか」という旨のメールをしたのだ(テレビ局にメールしたのは生まれて初めてだ)。
その後、「あなた」は「あなたさま」に変わっていた。このドラマのように主人と奉公人という関係では、言葉は時代と共に変わるというわけにはいかない。