最新記事

映画

イーストウッドが挑んだ「死後の世界」

異色作『ヒア アフター』は、死をめぐる疑問や生者と死者のつながりを問う挑発的な物語で観客を魅了する

2010年11月5日(金)17時53分
デービッド・アンセン(映画ジャーナリスト)

交錯する運命 「死」でつながるデイモン(右)とドゥ・フランス ©2010 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 クリント・イーストウッドが監督・主演した西部劇『ペイルライダー』(85年)は、超自然的な世界を匂わせる作品だった。それでもこれまでのキャリアからして、死後の世界への探求という冒険的で怪しく、厄介なテーマに彩られた『ヒア アフター』のような映画をイーストウッドが撮るとは、誰も想像できなかったはずだ(日本公開は11年2月19日)。

 80歳になった今も、彼は私たちの意表を突いてくる。実績のある安全なジャンルを選ばず、死の運命と孤独、生者と死者のつながりをめぐる型破りな物語を紡いでみせた。

 しかも映画の幕開けは、これまでのイーストウッド作品にはないほど鮮烈なアクションシーン。恐るべき大津波が熱帯の島に大惨事をもたらす場面で、数あるパニック映画の中でも出色の出来栄えだ。後に続く深遠で静かな物語を考えれば、最高のトリックと言ってもいい。

 津波に遭遇するのは、「死後の世界」とつながる運命に飲み込まれる3人の登場人物の1人。フランス人のテレビキャスター、マリー(セシル・ドゥ・フランス)は津波で命を落とすが、奇跡的に生き返る。しかし、向こう側の世界を垣間見た彼女は、パリのセレブとしての生活に戻れなくなってしまう。代わりに彼女は、自分と同じような臨死体験を乗り越えた人々に関する本の執筆に没頭していく。おかげで上流階級の友人たちは彼女から離れていき、出版社の担当者も不機嫌そうに言う。この題材はフランスよりアメリカでのほうが受けるだろう、と。

 次に登場するのは、人付き合いが苦手な霊能力者ジョージ(マット・デイモン)。彼は死者と交信できるが、彼にとってはこの特殊能力は「呪い」でしかない。野心的な兄弟(ジェイ・モアー)はジョージの能力を占い稼業に利用したがるが、ジョージはサンフランシスコで肉体労働者として孤独な生活を送ることを選ぶ。



控えめながらも情感豊かなデイモン

 そして舞台はロンドンに飛ぶ。小学生のマーカス(フランキー・マクラレン)は、痛ましい交通事故で愛する双子の兄弟ジェイソンを亡くす。耐え難い孤独の中、母親が薬物のリハビリ施設に収容されるため里親に出されたマーカス。彼はロンドン中の怪しげなテレパシー能力者に頼って死んだジェイソンとの交信を試みる。

 脚本のピーター・モーガンは『フロスト×ニクソン』『クィーン』といった実話にヒントを得た政治ドラマで有名だが、『ヒア アフター』はそれらとはかけ離れた作品だ。観客は、3人のエピソードがどうつながっていくのかと固唾を飲むだろう。しかし、映画の本当の魅力はそうした筋書きではない。特にロンドンのエピソードにはかなり無理があるし、整然とした結末も変に的はずれな感じがする。

 観客を引き込むのは、謎めいていて挑発的な「死後の世界」に対する問いかけだろう。もちろんそんな疑問への明確な答えなどないことは、イーストウッドもモーガンも分かっている。

 彼の年齢を考えれば、死をめぐる疑問がイーストウッドの心の中にあることは明らかだ。そして死との出会いをきっかけに周りの人間と距離を置く一方、早急に取り組むべき課題を得た登場人物たちに自らを重ね合わせていることも感じられる。

 控えめながらも情感豊かな演技を披露したデイモンと、素晴らしく多才なドゥ・フランスは作品に心がうずくような魅力を与えている。イーストウッドの監督ぶりも誠実さを保っている。

 『ヒア アフター』が扱うのは、しめっぽい感傷やくだらないオカルト話に陥りかねないテーマ。だが、それと真摯かつ冷静に向き合うイーストウッドの姿勢が、そうなることを防いでいる。好奇心に満ち、澄んだ目で、彼は死と死後の世界をしっかりと見つめている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中