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映画イーストウッドが挑んだ「死後の世界」
異色作『ヒア アフター』は、死をめぐる疑問や生者と死者のつながりを問う挑発的な物語で観客を魅了する
交錯する運命 「死」でつながるデイモン(右)とドゥ・フランス ©2010 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
クリント・イーストウッドが監督・主演した西部劇『ペイルライダー』(85年)は、超自然的な世界を匂わせる作品だった。それでもこれまでのキャリアからして、死後の世界への探求という冒険的で怪しく、厄介なテーマに彩られた『ヒア アフター』のような映画をイーストウッドが撮るとは、誰も想像できなかったはずだ(日本公開は11年2月19日)。
80歳になった今も、彼は私たちの意表を突いてくる。実績のある安全なジャンルを選ばず、死の運命と孤独、生者と死者のつながりをめぐる型破りな物語を紡いでみせた。
しかも映画の幕開けは、これまでのイーストウッド作品にはないほど鮮烈なアクションシーン。恐るべき大津波が熱帯の島に大惨事をもたらす場面で、数あるパニック映画の中でも出色の出来栄えだ。後に続く深遠で静かな物語を考えれば、最高のトリックと言ってもいい。
津波に遭遇するのは、「死後の世界」とつながる運命に飲み込まれる3人の登場人物の1人。フランス人のテレビキャスター、マリー(セシル・ドゥ・フランス)は津波で命を落とすが、奇跡的に生き返る。しかし、向こう側の世界を垣間見た彼女は、パリのセレブとしての生活に戻れなくなってしまう。代わりに彼女は、自分と同じような臨死体験を乗り越えた人々に関する本の執筆に没頭していく。おかげで上流階級の友人たちは彼女から離れていき、出版社の担当者も不機嫌そうに言う。この題材はフランスよりアメリカでのほうが受けるだろう、と。
次に登場するのは、人付き合いが苦手な霊能力者ジョージ(マット・デイモン)。彼は死者と交信できるが、彼にとってはこの特殊能力は「呪い」でしかない。野心的な兄弟(ジェイ・モアー)はジョージの能力を占い稼業に利用したがるが、ジョージはサンフランシスコで肉体労働者として孤独な生活を送ることを選ぶ。
控えめながらも情感豊かなデイモン
そして舞台はロンドンに飛ぶ。小学生のマーカス(フランキー・マクラレン)は、痛ましい交通事故で愛する双子の兄弟ジェイソンを亡くす。耐え難い孤独の中、母親が薬物のリハビリ施設に収容されるため里親に出されたマーカス。彼はロンドン中の怪しげなテレパシー能力者に頼って死んだジェイソンとの交信を試みる。
脚本のピーター・モーガンは『フロスト×ニクソン』『クィーン』といった実話にヒントを得た政治ドラマで有名だが、『ヒア アフター』はそれらとはかけ離れた作品だ。観客は、3人のエピソードがどうつながっていくのかと固唾を飲むだろう。しかし、映画の本当の魅力はそうした筋書きではない。特にロンドンのエピソードにはかなり無理があるし、整然とした結末も変に的はずれな感じがする。
観客を引き込むのは、謎めいていて挑発的な「死後の世界」に対する問いかけだろう。もちろんそんな疑問への明確な答えなどないことは、イーストウッドもモーガンも分かっている。
彼の年齢を考えれば、死をめぐる疑問がイーストウッドの心の中にあることは明らかだ。そして死との出会いをきっかけに周りの人間と距離を置く一方、早急に取り組むべき課題を得た登場人物たちに自らを重ね合わせていることも感じられる。
控えめながらも情感豊かな演技を披露したデイモンと、素晴らしく多才なドゥ・フランスは作品に心がうずくような魅力を与えている。イーストウッドの監督ぶりも誠実さを保っている。
『ヒア アフター』が扱うのは、しめっぽい感傷やくだらないオカルト話に陥りかねないテーマ。だが、それと真摯かつ冷静に向き合うイーストウッドの姿勢が、そうなることを防いでいる。好奇心に満ち、澄んだ目で、彼は死と死後の世界をしっかりと見つめている。