最新記事

映画

危険が香る夢の中へ『インセプション』

夢に入り込んでアイデアを盗む集団を描くC・ノーラン監督の最新作は、知的なひねりと派手なアクションでスリル満点

2010年9月6日(月)15時05分
キャリン・ジェームズ(映画評論家)

無重力 夢の中では何でもあり ©2010 Warner Bros. Entertainment Inc.

 クリストファー・ノーラン監督の最新作『インセプション』に出てくるレオナルド・ディカプリオとその仲間たちは「潜在意識の中で暴れるニンジャ」のような存在だ。他人の夢の世界を縦横無尽に駆け巡る。

 こんなふうに観客を混乱に突き落とし、息もつかせないような映画はノーランでなくては作れない。脳内を題材にしたひねりの利いた作品という点では『メメント』(00年)を思わせるし、『バットマン』シリーズの大ヒット作『ダークナイト』(08年)張りの派手なアクションも盛り込まれている。

 ディカプリオ演じる主人公コブは、カネで雇われる「盗み」のプロ。物ではなく、眠っている人の心に入り込んで秘密のアイデアを盗み出す。コブのチームには建築士もいて、侵入先である他人の夢の世界を「設計」する。夢の世界では街路が折り畳み式ベッドのように隆起して壁になったり、猛スピードの列車が都市の往来を走り抜けていったりする。

 ある時、コブは人の脳に新たなアイデアを埋め込む仕事を請け負う。アイデアを盗むのではなく植え付けるのは、夢の中の夢のそのまた夢に入り込む危険なミッションだ。観客は派手な特殊効果とスリルあふれる冒険のおかげで、ぐいぐいと物語に引きずり込まれる。

 とはいえ、ノーランはハリウッド屈指の頭の切れる監督だ。本作もただの「夢物語」では終わらない。この1年、『アバター』や『アリス・イン・ワンダーランド』など、パラレルワールドを描いた映画が次々と公開されているが、本作が一番凝っている。

 この手の映画では、主人公は目の前の現実とは別の世界に入り込み、個人的な(場合によっては地球規模の)問題を解決する方策を携えて帰ってくる。『インセプション』におけるコブの使命は世界を巨大エネルギー企業から救うことだし、『アバター』の主人公は惑星パンドラに行き、自然と共存する先住民にほれ込み、環境の大切さを学ぶ。『アリス』では、19歳になったアリスが不思議の国を再訪し、家族の言いなりになって結婚する必要などないことを悟っていく。

 どの映画も、現実は危険と問題に満ちているから、物事を明確に捉えるにはどこか別の場所(この世界の外でもいいし、心の奥底でもいい)に行かなければならないとでも言いたげだ。虹のかなたを夢見る『オズの魔法使』にも似ているが、発するメッセージは「やっぱりうちが一番」というオズの教訓より政治的だ。

現実を映し出す設定の妙

 コブはサイトウという男(渡辺謙)に雇われて、彼のライバル(キリアン・マーフィー)の脳内にある「アイデア」を植え付ける任務を引き受ける。ライバルは巨大エネルギー企業を継承する予定の人物で、植え付けるアイデアは「自らの手でこの企業を解体すべし」というもの。この企業は世界のエネルギーの半分を支配しつつあり、「新たな超大国」と化す恐れがあるという。メキシコ湾で英石油大手BPが原油流出事故を起こした今となっては、強大過ぎるエネルギー企業という設定はなかなか先見の明がある。

 表面的な見方をすれば、観客にとってはパラレルワールドに行くだけで手っ取り早く問題が解決されるところが、この手の映画の魅力だ。『アバター』の主人公が車椅子から立ち上がってパンドラの大地を歩けたように、自分たちの問題もどこかに消え去ればいいのに、と。

 しかし『インセプション』はもっと危険な領域、つまり無意識の世界で解決の道を探そうとする。見ていて本当に目が回りそうだ。コブのチームの夢の建築士(エレン・ページ)は「ちょっと待って。正確なところ、私たちは誰の潜在意識に入ろうとしているの?」とつぶやく。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中