最新記事

映画

新イスラエル映画の迫力度

2009年11月19日(木)16時36分
ジョアンナ・チェン(エルサレム支局)

現実では見えない敵をのぞき見る

『アジャミ』では、アラブ人のコプティとユダヤ人のヤロン・シャニが共同監督を務めている。どちらも映画監督は初めてだが、そこに住むアラブ人とユダヤ人の複雑な関係を冷静に描き出す。

 大都市テルアビブの片隅で起きた出来事をテーマにしているにもかかわらず、そのストーリーには普遍的な魅力がある。「ナポリやミラノの路上でも、どこででも起こり得る」と、カンヌ監督週間の芸術監督ボワイエは言う。

 出演者にはアジャミ地区に住む一般人を起用した。主な会話はアラビア語で、ところどころヘブライ語が使われる。キャストがストーリー展開をそのまま経験できるよう、ほぼ全シーンが順番どおりに撮影された。そうやって出来上がったのが、ドキュメンタリーさながらの迫力ある映画だ。

 こうした映画は大勢の観客が見てこそインパクトを持つ。『アジャミ』は9月17日にイスラエルで公開され、配給会社によればまずまずの興行成績を挙げている。

 必ずしも誰もが好きになるわけではない。ある試写会ではユダヤ人観客が、イスラエル映画なのにアラビア語ばかり使われていると不満を言っていた。だがイスラエル社会のどん底を容赦なく描いたこの作品は、話題を呼んでいる。

 それでも『アジャミ』や『レバノン』がヨルダン川西岸地区で上映される可能性は薄い。『戦場でワルツを』は西岸のラマラで短期間上映されたが、パレスチナ人映画プロデューサーのジョージ・クレイフィは、パレスチナ人はイスラエル映画全般に「興味がない」と冷たく言い放った。

 多くのパレスチナ人は内心、こうした映画がイスラエルとパレスチナの歩み寄りを促すのではと恐れている。コプティはそんな考え方を一笑に付す。「文化のボイコットには反対だ。(映画は)人々に残された唯一の懸け橋だ」

 対立のやまない中東で、『アジャミ』や『レバノン』は、「敵側」をのぞき見るめったにないチャンスを、イスラエル人とパレスチナ人の両方に提供している。

[2009年10月21日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア軍が急速に前進、戦略上重要な東部クラホベに侵

ビジネス

英小売店頭価格、11月は0.6%下落 下げ止まりの

ワールド

米当局、ウエスタン・アセットの債券運用トップを詐欺

ビジネス

日産自、銀行・保険など長期株主を模索 ルノーに代わ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老けない食べ方の科学
特集:老けない食べ方の科学
2024年12月 3日号(11/26発売)

脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす──最新研究に学ぶ「最強の食事法」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳からでも間に合う【最新研究】
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 4
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 5
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 6
    テイラー・スウィフトの脚は、なぜあんなに光ってい…
  • 7
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 8
    「典型的なママ脳だね」 ズボンを穿き忘れたまま外出…
  • 9
    日本株は次の「起爆剤」8兆円の行方に関心...エヌビ…
  • 10
    バルト海の海底ケーブル切断は中国船の破壊工作か
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 9
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 10
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中