バンパイアに抱かれたがる女たち
最高のセックスを求めて
ブームの担い手も同じように思っている。吸血鬼ハンター『アニタ・ブレイク』シリーズの作者ローレル・ハミルトンのみるところ、吸血鬼の魅力のカギは「牙とセックスとエクスタシー」だ。「吸血鬼とのセックスは女性が経験できる最高のセックスだと、読者は思っている」
それはそうだろう。「たいていの吸血鬼は、何世紀も練習しているのだから」と、『トゥルー・ブラッド』の原作者シャーレイン・ハリスは言う。おまけに彼女の作品に登場する吸血鬼は、生き血を吸うわけではなく、街角で人工血液を買う。人間社会にもすっかり溶け込んでいる。
それでも吸血鬼の持つ最大の魅力は永遠の命だと、ハリスは考えている。「現代では、若さを保つことが強迫観念になっている。吸血鬼は年金やリウマチの心配をしなくていい」
吸血鬼をセクシーに見せる大きな要素は「死の臭い」だ。「吸血鬼の神秘性は90%が性的なもの」と、デセルス大学(ペンシルベニア州)のキャサリン・ラムズランド教授(心理学)は言う。「吸血鬼は危険なセックスのメタファー。一歩間違えたら、死んでしまうのだから」
ラムズランドは本を執筆するために、過激な吸血鬼ファンを詳細に調査した。まさに吸血鬼に取りつかれた女性たちだった。弁護士や政治家のような専門職もいたし、人生に迷っている人もいた。
ラムズランドが驚いたのは、彼女たちの大半が吸血鬼を退治する側になりたいわけではなく、彼らに襲われたいという願望を抱いていたことだ。「相手に好きにされたいと思っている女性がこんなに多いなんて、ちょっと奇妙な感じがする。女性はもう少し進歩したと思っていたのに」
インターネットの掲示板やチャットルームをのぞくと、「襲われたい願望」がブームの根底にあることがよく分かる。「誰かに支配されても構わないと思っている女性がとても多いみたい」と、トゥルー・ブラッド・ドット・ネットを運営するメリッサ・ロワリー(34)は言う。
いま彼女のサイトには、1カ月に14万人以上が訪れる。書き込みを3700件ほど読んだロワリーは、頻繁に出てくるテーマがあることに気が付いた。
「紳士的で優しくて、自分の恋人だったとしても、吸血鬼には人の脚を食いちぎる力がある」と、ロワリーは言う。「女性はそんな存在に守ってもらいたがっているのかもしれない。だとしたら、そんなに変な話じゃない」
危ない感じがたまらない
吸血鬼ブームは、思春期の不安に関係があるかもしれない。そう指摘したのが、ハーバード大学医学大学院のスティーブ・ショルツマン准教授(精神医学)。彼は「吸血鬼と彼らを殺す者たち」と題する論文を学術誌に発表した。
ショルツマンはドラマ『バフィー~恋する十字架~』に、誰もが思春期から引きずるテーマが盛り込まれていると指摘する。あるエピソードに、透明人間になった女性吸血鬼ハンターのバフィーが、スパイクという名の吸血鬼を性的にからかうシーンがある。ショルツマンに言わせれば、これは思春期的な性への憧れのメタファーで、ファンは吸血鬼にそれを投影している。「セックスはしてみたいけれど、吸血鬼としたがっているなんて誰にも知られたくない。でも、きっと楽しそう」という気持ちに重なるのだという。
ニューヨークに住むマーリーズ・エンジェル・トレイバー(25)には、ショルツマンの言いたいことがよく分かる。彼女は10代のときに『バフィー』に夢中になって以来の吸血鬼ファン。『トワイライト』は全巻読破したし、映画も3回見た。日曜の夜には、夫と一緒に『トゥルー・ブラッド』を欠かさず見る。
彼女が魅力を感じるのは、吸血鬼の持つ「危ない感じ」だ。「恋人にするなら『トワイライト』の吸血鬼、それ以外なら『トゥルー・ブラッド』の吸血鬼が好き」と、トレイバーは言う。「映画で見たことが現実になるってこともあるわよね」
夫のトムは、彼女が吸血鬼ファンであることを気にしていないという。本当だろうか。吸血鬼の結婚カウンセラーが登場するのも、時間の問題かもしれない。
[2009年8月 5日号掲載]