最新記事
コメ不足

コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治家・農水省・JA農協の歪んだ関係

2025年4月10日(木)14時28分
山下 一仁 (キヤノングローバル戦略研究所研究主幹) *PRESIDENT Onlineからの転載

農協と農水省を解体すべき

事態を改善する方法として、三つの道がある。

一つは、JA農協の解体である。農業協同組合法、水産業協同組合法、消費生活協同組合法、中小企業等協同組合法の4つの協同組合法を全て廃止して、共通の一般協同組合法を作ることである。


農協法の前身の産業組合法は、そのようなものだった。新しい協同組合には、金融事業を兼務することは認めない。農業金融のための協同組合が必要なら、今のJA農協から金融部門を独立させ、一般協同組合法の下で、農業信用協同組合を作ればよい。

信用組合等があるので必要なのかどうか分からないが、准組合員の金融機関が必要なら、地域信用協同組合を作ればよい。これによって零細な兼業農家を温存するために、減反・高米価を続ける必要はなくなる。

もう一つは、農林水産省の解体である。JA農協が政治力を発揮できるのは、同省の存在があるからである。これがなくなれば、農政トライアングルは消滅する。

戦前の農林省は、小作人のために地主階級の利益を代弁する帝国議会と対立した。70年頃まで構造改革を主張する同省は零細農家を温存したいJAと対立した。農政トライアングルの一員となり、国民の利益ではなく既得権者の利益しか考慮しなくなった農林水産省の終活をするときが来た。

これは農業振興のためにもなる。大手食品会社幹部に、オランダはなぜ世界第2位の農産物輸出国に発展したのかと聞かれ、私はとっさに「農業省を廃止し経済省に統合したからです」と答えた。オランダは政府による無償の農業技術指導を廃止して民間のコンサルタントによる技術支援に移行した。

技術の高い農家は、お金を払ってでもより高い技術指導を求める。高い技術指導を受けるためには、収益が高くなければならない。そうした農家の技術や収益は技術指導でさらに高まる。農業を弱者だとか特別だとする発想では、農業は発展しない。オランダは高い技術で世界トップクラスの輸出国となった。

重要なことは、国民が食料・農業政策にもっと関心を持つことである。その関心が薄れた結果、食料・農業政策は国民の生命・健康に大きな影響を与えるものなのに、農政トライアングルの狭い世界だけで決まられてきている。

今回のコメ騒動でも、これだけ国民生活に影響を及ぼしているのに、米価を下げたくないという視点が農政トライアングルにとっては最も重要となる。

国民の多くは、戦前のように農家は貧しいと思っているので、農家所得向上のために高米価や補助金が必要だと言われると納得してしまう。しかし、農家だから貧しいという現象は1960年代半ばに終わっている。所得の低い一般国民の税金で所得の高い農家への所得補填が行われている。

辛い汚い作業のはずの稲作も、今では機械を使うので標準規模の1ヘクタールの水田なら年間27日働くだけで十分だ。農家特にJA農協の利益は最重要事項だが、こども食堂やフードバンクを利用する人たちのことを農政は考慮しない。

減反・高米価政策に政治は無関心

かつて自民党農林族は生産者米価引上げを政府に強硬に要求した。政治の暦の中で7月はまさに米価の季節だった。しかし、江藤氏など自民党農林族が悪いからといって、立憲民主党、国民民主党、共産党がましかというと逆である。

これらの野党も、いまだに農業保護の視点を最優先する。食管制度の時代、米価を自民党が5%上げろと言うと、民主党の一つの前身だった社会党は10%上げろと言い、共産党は15%上げろというような図式だった。与野党問わず、農業政策と言うと農家票がまず大切に思えるのである。

食料品の消費税ゼロ税率で党内が盛り上がっている立民党も減反・高米価政策には無関心である。

今の選挙制度では、数の上では少ない特定の既得権益を持っている人たちの意見が反映されやすい。衆議院は小選挙区制、参議院も地方区は都市部を除いて一人区である。

二人の候補者が50対50で競っているときに、少なくなったといえ、JA農協が組織する2%の票が相手側に付くと、48対52と4%の差がついてしまう。

これを回復することは容易ではない。現に、自民党は全体では圧勝したものの、農業の盛んな東北・新潟・長野の参議院地方区では、農政に対する不満もあって1勝7敗(2016年)、2勝6敗(2019年)と惨敗したことがあった。

米価が低迷したこともあって、コメどころの新潟県での2024年衆議院選挙では全5選挙区で自民党は敗北した。これに国会議員はおびえる。

地方選出の国会議員は、選挙で当選するためにはJA農協の言うことを聞かざるをえない。TPP交渉に参加するかどうかが大きな争点となったとき、JA農協はTPP反対の運動を展開した。

選挙で自民党に投票した有権者の多数はTPP賛成だったのに、選挙で選ばれた自民党議員の大多数はTPP反対を主張した。JA農協の小さな既得権益が国民全体の大きな利益に優先してしまう。

既得権益を足しあげても国民全体の利益にはならない。むしろ、減反政策に見られるように、既得権益は国民全体の利益からすれば、マイナスの利益である。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:保護政策で生産力と競争力低下、ブラジル自

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 7
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 8
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 9
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 10
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中