最新記事
BOOKS

初心者も今すぐできる「伝わる文章」で心を撃つためのシンプルな3原則【名文記者の文章術】

2024年9月19日(木)17時55分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

文章とはなにか

③について。

〈太川陽介が路線バスに乗るテレ東の番組と言えば、そばに漫画家の蛭子能収がいるのがおきまりだが、冒頭、参加しないことが判明。本人が手紙でしたためた理由がちょっぴり切ない。/気を取り直して、番組は、二手に分かれ、路線バスとローカル鉄道の乗り継ぎ対決の旅を行う。スタートは西武秩父駅。〉

これも悪文ハンターが狩ってきた例文です。プロの新聞記者が書いているテレビ批評ですが、どこから手をつけていいか分からないぐらいの悪文です。

冒頭の一文が長ったらしいのはひとまずおくとしても、決定的なのは、「気を取り直して」の一節でしょう。ここで気を取り直すのはだれか。太川陽介か。番組のディレクターか。おそらく、この記事の筆者なんでしょうね。「わたしが」気を取り直す。そして「番組は」うんぬんと続く。それを、一文にしている。ひとつの文章に主語と述語が複数あるので、すさまじい違和感がある。

主語と述語は、一文にひとつずつでいいでしょう。もちろんこれは原則で、複文や重文にして効果を増すこともある。ですが、この記者のように、大原則を知らないで書き流しているものが大半です。原則は守ってこそ、例外に効果が出る。

「ちょっぴり切ない」と、わざわざ口頭語にして読者に媚こびている。「旅を行う」は禁則表現で、記者の意識の低さを証明しています。なぜ禁則なのかは第4発[※編集部注:『三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾』では、それぞれの文章技術を散弾になぞらえて、25のプロの技を解説している]で詳論します。

文章とは感情や思想を運ぶクロネコヤマトである

さて、ここでふたつめの問いです。文章とはなにか。これはしちめんどくさい疑問で、まともな人間はこういうことを問題にしません。なので、初心者向けのホップでは、スルーしておきましょうか。

ただし、職業ライターを目指すなら、この問いに真剣に立ち向かわなければなりません。この本でも各所でしつこく考えます。文章とはなにか。言葉とは、なんなのか。ここでは、ほんの少しだけ。

漱石の小説『草枕』には、若い画家の主人公と謎めいた美女那美さんが、急に距離を縮める場面があります。漱石は、こういう男女の機微を書かせると右に出る者はいないくらい、うまい。

ふたりきりで話し込んでいた部屋で、地面が大きく揺れた。「地震!」勝ち気な那美さんも、さすがにおびえて主人公に近づく。女の息が、顔にかかる。「変な気を起こしちゃだめですよ」。女が言うと、主人公は「むろん」と答える。

ところで、「地震!」や「むろん」だけを切り出すと、それは、文章でしょうか。主部と述部があって文章を構成するという観点に立てば、文章ではないですね。「地震」は言うまでもなく名詞で、「むろん」は副詞です。ところが、小説を読むと分かりますが、この品詞ひとつで、文章になり得る。

文章とはなにか。文章とはキャリアー(信号、波、触媒、運ぶもの、感染)です。言葉を発する主体の、感情、判断、思想を乗せて走るクロネコヤマトです。

宛先は、もちろん読者です。感情、判断、思想がそこに梱包されていなければ、読者の受け取り印はもらえません。読者の受け取り印とは、心が揺れた、倒壊したという現象です。地震!

◇ ◇ ◇

三行で撃つPOP

三行で撃つPOP


近藤康太郎(こんどう・こうたろう)

作家/評論家/百姓/猟師。1963年、東京・渋谷生まれ。1987年、朝日新聞社入社。川崎支局、学芸部、AERA編集部、ニューヨーク支局を経て、九州へ。新聞紙面では、コラム「多事奏論」、地方での米作りや狩猟体験を通じて資本主義や現代社会までを考察する連載「アロハで猟師してみました」を担当する。

著書に『ワーク・イズ・ライフ 宇宙一チャラい仕事論』『三行で撃つ〈善く、生きる〉ための文章塾』『百冊で耕す〈自由に、なる〉ための読書術』(CCCメディアハウス)、『アロハで田植え、はじめました』、『アロハで猟師、はじめました』(河出書房新社)、『朝日新聞記者が書けなかったアメリカの大汚点』、『朝日新聞記者が書いたアメリカ人「アホ・マヌケ」論』、『アメリカが知らないアメリカ 世界帝国を動かす深奥部の力』(講談社)、『リアルロック 日本語ROCK小事典』(三一書房)、『成長のない社会で、わたしたちはいかに生きていくべきなのか』(水野和夫氏との共著、徳間書店)他がある。


近藤康太郎『三行で撃つ』

『三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾』
 近藤康太郎[著]
 CCCメディアハウス[刊]

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

20250225issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月25日号(2月18日発売)は「ウクライナが停戦する日」特集。プーチンとゼレンスキーがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争は本当に終わるのか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中