初心者も今すぐできる「伝わる文章」で心を撃つためのシンプルな3原則【名文記者の文章術】
文章とはなにか
③について。
〈太川陽介が路線バスに乗るテレ東の番組と言えば、そばに漫画家の蛭子能収がいるのがおきまりだが、冒頭、参加しないことが判明。本人が手紙でしたためた理由がちょっぴり切ない。/気を取り直して、番組は、二手に分かれ、路線バスとローカル鉄道の乗り継ぎ対決の旅を行う。スタートは西武秩父駅。〉
これも悪文ハンターが狩ってきた例文です。プロの新聞記者が書いているテレビ批評ですが、どこから手をつけていいか分からないぐらいの悪文です。
冒頭の一文が長ったらしいのはひとまずおくとしても、決定的なのは、「気を取り直して」の一節でしょう。ここで気を取り直すのはだれか。太川陽介か。番組のディレクターか。おそらく、この記事の筆者なんでしょうね。「わたしが」気を取り直す。そして「番組は」うんぬんと続く。それを、一文にしている。ひとつの文章に主語と述語が複数あるので、すさまじい違和感がある。
主語と述語は、一文にひとつずつでいいでしょう。もちろんこれは原則で、複文や重文にして効果を増すこともある。ですが、この記者のように、大原則を知らないで書き流しているものが大半です。原則は守ってこそ、例外に効果が出る。
「ちょっぴり切ない」と、わざわざ口頭語にして読者に媚こびている。「旅を行う」は禁則表現で、記者の意識の低さを証明しています。なぜ禁則なのかは第4発[※編集部注:『三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾』では、それぞれの文章技術を散弾になぞらえて、25のプロの技を解説している]で詳論します。
文章とは感情や思想を運ぶクロネコヤマトである
さて、ここでふたつめの問いです。文章とはなにか。これはしちめんどくさい疑問で、まともな人間はこういうことを問題にしません。なので、初心者向けのホップでは、スルーしておきましょうか。
ただし、職業ライターを目指すなら、この問いに真剣に立ち向かわなければなりません。この本でも各所でしつこく考えます。文章とはなにか。言葉とは、なんなのか。ここでは、ほんの少しだけ。
漱石の小説『草枕』には、若い画家の主人公と謎めいた美女那美さんが、急に距離を縮める場面があります。漱石は、こういう男女の機微を書かせると右に出る者はいないくらい、うまい。
ふたりきりで話し込んでいた部屋で、地面が大きく揺れた。「地震!」勝ち気な那美さんも、さすがにおびえて主人公に近づく。女の息が、顔にかかる。「変な気を起こしちゃだめですよ」。女が言うと、主人公は「むろん」と答える。
ところで、「地震!」や「むろん」だけを切り出すと、それは、文章でしょうか。主部と述部があって文章を構成するという観点に立てば、文章ではないですね。「地震」は言うまでもなく名詞で、「むろん」は副詞です。ところが、小説を読むと分かりますが、この品詞ひとつで、文章になり得る。
文章とはなにか。文章とはキャリアー(信号、波、触媒、運ぶもの、感染)です。言葉を発する主体の、感情、判断、思想を乗せて走るクロネコヤマトです。
宛先は、もちろん読者です。感情、判断、思想がそこに梱包されていなければ、読者の受け取り印はもらえません。読者の受け取り印とは、心が揺れた、倒壊したという現象です。地震!
近藤康太郎(こんどう・こうたろう)
作家/評論家/百姓/猟師。1963年、東京・渋谷生まれ。1987年、朝日新聞社入社。川崎支局、学芸部、AERA編集部、ニューヨーク支局を経て、九州へ。新聞紙面では、コラム「多事奏論」、地方での米作りや狩猟体験を通じて資本主義や現代社会までを考察する連載「アロハで猟師してみました」を担当する。
著書に『ワーク・イズ・ライフ 宇宙一チャラい仕事論』、『三行で撃つ〈善く、生きる〉ための文章塾』、『百冊で耕す〈自由に、なる〉ための読書術』(CCCメディアハウス)、『アロハで田植え、はじめました』、『アロハで猟師、はじめました』(河出書房新社)、『朝日新聞記者が書けなかったアメリカの大汚点』、『朝日新聞記者が書いたアメリカ人「アホ・マヌケ」論』、『アメリカが知らないアメリカ 世界帝国を動かす深奥部の力』(講談社)、『リアルロック 日本語ROCK小事典』(三一書房)、『成長のない社会で、わたしたちはいかに生きていくべきなのか』(水野和夫氏との共著、徳間書店)他がある。
『三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾』
近藤康太郎[著]
CCCメディアハウス[刊]
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