日本製鉄によるUSスチールの買収・子会社化...「待った」をかけたバイデンの「本音」
Can A Deal Be Made?
ほかの選択肢はない
現状では、まだ実質的な協議は始まっていない。合意に達するには時間がかかるだろう。だが現実問題として、USスチールが単独で生き延びるのは困難であり、同社を救済合併できるアメリカ企業は存在しない。労組側が望むのは同業のクリーブランド・クリフスによる買収だが、それは独占禁止法に抵触する恐れがあり、事実上不可能だ。
そもそも米国内には、伝統あるUSスチールを外国企業に売り飛ばすのは許せないという空気がある。本社のあるペンシルベニア州と隣接するオハイオ州選出の上院議員4人も同じ考えだ。共和党のトランプも、自分が当選したら「即座に」買収を阻止すると息巻いている。
この状況で、バイデン政権はCFIUSによる審査を持ち出した。支持率の低迷するバイデンは、共和党のみならず民主党支持者の間でも高まるナショナリズムと保護主義の波に逆らえない。
事態は深刻だ。ペンシルベニア州は激戦州で、ここを落としたらバイデン再選は難しい。またオハイオ州で民主党上院議員のシェロッド・ブラウンが再選を果たせなければ、民主党は上院の過半数を維持できない可能性が高い。
なおCFIUSは財務長官をトップとする組織だが、現場を仕切るのは国防総省などの主要省庁から出向しているスタッフだ。しかも厳密な意味での法的機関ではなく、むしろ政治的な助言機関の役割を果たすことが多い。言い換えれば、CFIUSが今回の買収にゴーサインを出しても、大統領は買収を阻止できる。しかもCFIUSの審査報告書が公表され、国民の目に触れることはない。
幸いにして、今の議会はこの問題に無関心だ。日本製鉄による買収に反対しているのは民主党の上院議員4人と共和党の上院議員3人、そして両党の下院議員53人だけ。有権者の大半も無関心だが、いわゆる激戦州ではどんなに小さな問題も勝敗を左右する要因となり得る。
一方で、政治的発言力の強い自動車業界などの主要企業には、日本製鉄によるUSスチール買収を歓迎する空気がある。他国の会社に買収されるよりも安心だからだ。
格付け会社も、合併が実現すれば同社の財務が改善され、社債の格上げにつながるとみている(現在は「ジャンク」扱いなので新規の社債発行が難しい)。合併で資金力が付けば積極的な設備投資もできるから、現役の労働者も年金受給者も安心できるだろう。