リアル「シャブ漬け生娘」に接している精神科医が、吉野家常務の発言と反応に感じた強い違和感
こういった認識が生きるうえで役立つのだ。仮に不運にも覚醒剤のような薬物に手を出し、溺れかけてしまっても、そうした子ならば、周囲や専門家の助けを借りて薬物を手放し、人生の軌道修正を成し遂げるだろう。
もしも伊東氏が勘違いしているとすれば、まさにその点だ。
女性たちを狙い通り「牛丼漬け」にすることは難しい
そもそも、金持ちの男性に高級料理を奢られるのが女性にとって真に幸せなことなのか、むしろ男性が女性を支配・被支配の力学に絡めとるための罠なのではないのか、という疑問がある。しかし、それについてはひとまず脇に置いておこう。
誓ってもよいが、「田舎から出てきたばかりの生娘」が自分のお金で高級料理を食べられるようになったなら、それまでどれほど「牛丼漬け」になっていても、一生懸命頑張った自分へのご褒美として「牛丼」という話にはならないはずだ。少なくとも、自身の安心・安全な居場所を見いだし、ささやかな誇りを持てる仕事と経済力を手に入れたなら、「今日も明日も明後日も牛丼」とはならない。
もちろん、ときには若き日を懐かしく思い出し、久しぶりに若き日に世話になった牛丼店を再訪し、意外なおいしさに舌鼓を打つといったことはあるだろう。だが、それは気まぐれな郷愁であって、日常ではない。
「あんな女たちと一緒にするな」という気持ちはないか
最後に、「生娘をシャブ漬け」という発言に怒れる人たちにお願いがある。
怒りはもっともだが、ここは一つ深呼吸をし、自らの内なる深淵に糸を垂らして、静かに自問してみてほしい。あなたの心のどこかに薬物依存症者を蔑み、「あんな女たちと一緒にするな」と一線を引こうとする気持ちはないのか、と。
そのうえで想像してほしいのだ。「生娘をシャブ漬けにする」という言葉に声を失い、凍りついた表情をしている人たちのことを――そう、それはまさに現在、薬物と暴力の恐怖に苦しむ女性たちのことだ。
今回の騒動、真に怒るべき点はどこなのか、しっかりと見定めてほしい。
松本 俊彦(まつもと・としひこ)
精神科医
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部部長 兼 薬物依存症治療センターセンター長。医学博士。1967年生まれ。93年佐賀医科大学医学部卒業。横浜市立大学医学部附属病院などを経て、2015年より現職。近著に『薬物依存症』(ちくま新書)、『誰がために医師はいる―クスリとヒトの現代論』(みすず書房)がある。