任天堂を追い詰めるアップルの最強戦略
だがスペックでかなわなくても、アップルの端末はより優れたゲーム体験をより多くのユーザーに提供している。アップルのオンラインストア、アップストアのゲームの品ぞろえは3DSよりはるかに多彩でしかも安い。iPhone向けのゲームなら1〜10ドル程度。3DS向けは30〜40ドルする。多機能端末なので、ゲームだけが目的でない人にも魅力がある。
つまり、スマートフォンは3DSのような専用機よりはるかに多くのユーザーを引き付けられるということだ。ゲーム開発者にとっても、スマートフォン向けのゲーム開発のほうが実入りが大きい。
アップルが任天堂にやっていることは、かつて任天堂がXboxやPS3に対して行ったのと同じことだ。ゲーマーが見下すようなスペックで、誰にでも手が届くゲーム体験を安く提供する。
戦略は当たっている。07年以降、アップルは2億2200万台のiOS製品を販売した。携帯ゲーム機として、これほどの販売台数を誇った機種は過去にない。一部の見通しによると、世界にはiOS端末を使っているゲーマーが6000万人以上いて、彼らが1日にダウンロードするゲームの数は合わせて500万本に達するという。
キンドルの成功に学べ
もっとも任天堂もまだ終わりではない。ゲームビジネスはもともと浮き沈みが激しい。プレステ黄金時代のソニーのように敵なしと思われた企業が、次の瞬間には敗残者にもなり得る。逆もまたしかりだ。任天堂は恐ろしく革新的な企業だ。3Dゲームは、モーションセンサーを使ったWiiのようにヒットはしなかったが、面白い3Dゲームをいくつか開発できれば、風向きは変わるかもしれない。
だが、肝心の任天堂はまだスマートフォンの脅威にさえ気付いていないようだ。
岩田聡社長は、ゲーム販売の在り方として繰り返しアップストアを批判してきた。岩田によれば、広告収入を見込んでゲーム開発費をただにさせたり、ソフトを1ドルや2ドルで売ったりすれば、ゲームソフト全体の質が落ちる。
「もし見過ごせば、販促の手段は値下げだけになる。そうなればゲーム業界に明るい未来は開けない」と、彼は6月の業界の集まりで語った。自社のゲームを他の端末に提供する気もない。他社の端末のシェアが任天堂の端末のシェアより大きくなってもだ。
専用端末の生き残りも不可能ではない。アマゾン・ドットコムの電子書籍リーダー「キンドル」がいい例だ。
アマゾンが成功しているのは、iPhone、iPadなどライバルの動向に合わせて戦略を変えてきたから。幅広い著者の本をびっくりするような低価格で売ることで、キンドルは出版業界で大きな存在に成長した。キンドルのコンテンツを独り占めしようともしなかった。アマゾンから買った本は、キンドルだけでなくiPhoneなど他のほとんどの端末で読める。
任天堂がアマゾンの戦略をそのまままねるのは難しいとしても、安いゲームや無料のゲームを売ることはできるはずだ。そして、ビジネス環境の変化にもっと心を開いたほうがいい。新しいビジネスモデルの可能性について聞かれて、岩田は頑としてはねつけた。「任天堂としては興味がない」
業績不振が長引けば、彼の心も変わるかもしれない。
[2011年8月10日号掲載]