バーニー・フランク、大銀行退治へ
大半が監視外にあるこうしたデリバティブ商品の市場は世界で592兆ドルに上り、ゴールドマン・サックス、JPモルガン・チェース、シティグループ、バンク・オブ・アメリカといった大手米銀にとって一番儲かるビジネスの1つ。ウォール街が最も政府に手を出されたくない分野だ。
そして金融委の初期の法案のいくつかは、多くのデリバティブ取引が引き続き密室で行われるのを許す内容だった。改革派は、ウォール街が作った大きな抜け穴だと批判。米商品先物取引委員会(CFTC)の元高官でメリーランド大学法学教授のマイケル・グリーンバーガーは、フランクは企業の味方に成り下がり、「主要な労働組合や消費者団体、環境団体に背を向けた」と大手紙に語った。
フランクは憤慨し、グリーンバーガーの批判は「無知のせい」と反論した。だが直後、今のCFTC委員長ゲーリー・ゲンスラーに宛てた書簡では、法案には「問題があるかもしれない」と認めている。デリバティブ取引を公にしたがらない「ずる賢い金融機関に悪用される余地がある」と。
以来、フランクは法の抜け穴を塞ぐことに努めてきた。金融規制改革法案は早ければ今週にも、下院本会議で採決される。
批判派でも、フランクがウォール街に抱き込まれていると言う人はいない。本当の疑問は、フランクをはじめ議員たちが、ウォール街が雇うロビイストの常套手段である法案操作の手品に惑わされていないかどうかだ。
実際、密室でのデリバティブ取引を許す抜け穴は、銀行に怒る世論の支持を得て百人力だったはずのフランクが見ている目の前で法案に潜り込んだ。銀行業界のロビイストの力がいかに強力か、そして今どきの金融商品がいかに複雑かを物語るエピソードだ。「フランクは、初期の法案を完全には理解していなかったと思う」と、グリーンバーガーは言う。
今のロビー活動の主力を担うのは、アメリカを危機に追い込んだのと同じ顔触れのロビイストたちで、再び巨額の金を活動につぎ込んでいる。「民意を反映する政治センター」によれば、09年の1〜9月、金融業界の関連団体は3億4400万ドルをロビー活動に投じ、このままだと史上最高額を突破しそうな勢いだ。しかもこれはロビイストと弁護士の報酬や旅費や夕食代だけで、政治献金や意見広告への出費は含まれていない。
銀行の「指紋」は残さない
さらに圧巻なのは、その多大な金で銀行業界が手にしたロビー戦略だ。本誌が入手した内部関係者や業界の電子メールによると、銀行自らは舞台裏に潜み、代わりに企業顧客を正面に立てるつもりらしい。それも、アップルや家電大手ワールプール、機械メーカーのジョン・ディーアなど、アメリカの超優良企業ばかりだ。
「自分の指紋を残さず法案を操作するため、銀行が金を掛けて巧妙に練った作戦だ」と、法案作成に関わった下院のスタッフは言う。本誌は匿名希望のこのスタッフから、デリバティブ取引を監視外に置くための修正案を記した9枚の書類を入手した。書類に社名などは入っていないが、このスタッフによればゴールドマン・サックスが作成したものだという。
ゴールドマン・サックスの広報担当者サミュエル・ロビンソンは、「われわれが書いたのではない」と否定するが、同時に同社は「政策決定プロセスに適正かつ精力的に関与」しており、「良識ある改革」を支持すると語った。
金融業界は、デリバティブに対する規制強化で損失を被るのはウォール街だけではないと主張する。彼らの「エンドユーザー」であるアメリカの一般企業がデリバティブを用いてリスクを回避することも難しくなるというのだ。