最新記事

極限を追い求めたツケ

BP原油流出

史上最悪の環境・産業災害を招いた
深海油田探査の野望と教訓

2010.07.16

ニューストピックス

極限を追い求めたツケ

簡単に採取できる石油・天然ガスが底を突き、非在来型の採取困難なエネルギー資源の開発が進むが

2010年7月16日(金)12時04分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

テキサス州ワイズ郡では、バーネット頁岩(けつがん)に閉じ込められた天然ガス、いわゆるシェールガスの開発事業が進んでいる。

 メキシコ湾の原油流出事故で、多くのことが分かった。英BPの無能さ、監督当局のお粗末さ、生産技術重視で安全技術をないがしろにする石油業界の体質......。

 もっと大きな事実も明らかになった。エネルギー資源の開発が計り知れない環境リスクを伴う時代に突入したということだ。ハンプシャー大学(マサチューセッツ州)のマイケル・クレア教授によると、私たちは「極限エネルギー」の時代に生きている。

 アメリカの石油生産の歴史を振り返ってみよう。テキサス州ボーモントに第1号の噴出油井が完成したのは1901年。当時の油田地帯では、ちょっと掘れば、石油が噴き出した。陸上で採掘できる石油が底を突くと、海底油田の探査が始まり、浅瀬の石油があらかた取り尽くされると、今度は深海に眠る油田に探査の目が向いた。

 85年には、メキシコ湾の300メートル以深の海底から採掘される原油はわずか2100万バレルで、メキシコ湾一帯で生産される原油の6%にすぎなかった。それが09年にはメキシコ湾原油全体の80%を占める4億5600万バレルにまでなった。今ではメキシコ湾の深海油田はアメリカ産原油全体のざっと25%。それが環境にどんな代償をもたらすかは今回の事故で明らかだ。

風力や太陽光にも問題が

 北米で採掘困難な石油が見つかったのは、メキシコ湾だけではない。北極圏国立野生生物保護区(アラスカ州)の油田開発は環境に取り返しのつかないダメージを与えかねないため、ブッシュ前政権でさえ見合わせた。

 カナダのアルバータ州で進むオイルサンド開発には大きな期待が寄せられている。何しろカナダは、アメリカの隣の友好的な民主国家。アルバータ州当局によれば、オイルサンドを含めるとカナダの原油埋蔵量は「サウジアラビアに次いで世界第2位」になるという。推定埋蔵量は1718億バレル。世界の埋蔵量の13%で、イラクとロシアの埋蔵量の合計にほぼ匹敵する。

 とはいえオイルサンドに含まれるのは油ではなく、ビチューメン(歴青=れきせい)という高粘度の砂岩。オイルサンドからビチューメンを回収するには、露天掘りで採掘した砂岩から抽出したり地下に水蒸気を注入してくみ上げるなどの方法があるが、採取に大量の水と天然ガスを要する。オイルサンドから1バレルの合成原油を生産する過程で排出される二酸化炭素(CO2)は、在来型の石油生産の2倍だ。

 天然ガスは燃焼で排出されるCO2が石油より少ない。しかもアメリカではここ数年、オザーク山地とアパラチア山脈で天然ガスを含む頁岩層が発見され、開発ブームを呼んでいる。

極限エネルギーより省エネを

 しかし、このシェールガスも採取には問題が付きまとう。頁岩に水と溶剤を噴射するフラッキング技術を使うため、溶剤の混じった水が地下水を汚染する恐れがあるし、採取地域で異常な地震活動が観測されたこともある。

 再生可能エネルギーでさえ環境負荷はゼロではない。マサチューセッツ州コッド岬沖の風力発電施設は沿岸の景観を損ない、野生生物に与える影響も懸念されている。カリフォルニア州のモハベ砂漠に巨大な太陽光発電所を造る計画も同じ理由で反対に遭った。

 これまで私たちは背に腹は代えられないとして、環境リスクに目をつぶってきた。「エネルギー価格が上昇すればするほど、より問題のあるエネルギー資源の開発が進む」と、クリントン政権のエネルギー次官補を務めたジョセフ・ロムは警告する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、日本などをビザ免除対象に追加 11月30日か

ビジネス

独GDP改定値、第3四半期は前期比+0.1% 速報

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに

ワールド

ゴールドマン、24年の北海ブレント価格は平均80ド
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中