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2010.04.19

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ポスト胡錦濤、習近平のスゴ腕

次期国家主席の本命に躍り出た「無骨な田舎者」は、元副首相の息子で地方の経済改革を先導してきた党内の人気者

2010年4月19日(月)12時08分
メリンダ・リウ(北京支局長)、ジョナサン・アンズフィールド

 少し前の中国なら、習近平(シー・チンピン)上海市党書記(54)が共産党の次期最高指導者に選ばれる可能性はゼロだったはずだ。

 習はいわゆる「太子党」の一人。「関係(コアンシー)」(縁故や人脈)を使って甘い汁を吸う鼻持ちならない特権階級として、庶民から忌み嫌われている高級幹部の子弟だ。それに習が市場経済に習熟していることも、共産主義イデオロギーの純粋性という観点からみれば有利な条件ではない。

 事実、1992年と97年の共産党大会で党中央委員会委員候補に初めて名前があがったときは、習の評価は高くなかった。

 だが、慎重に作り上げられた習の庶民派イメージは、徐々に党指導部の注目を集めるようになった。習は農村暮らしの経験があり、自家用車よりバスでの移動を好む。過去に担当した地方の行政や党務でも着実に実績を上げてきた。

 第17回党大会(10月15~21日)の直前、党指導部は極秘に党内世論調査を実施した。結果は、習が「最多得票だった」と、政治評論家の李大同は言う。

 そして10月22日、習は党中央委員会総会で正式に政治局常務委員に選出され、次期最高指導者の本命候補に躍り出た。この抜擢を意外な人事と受け止める向きも多い。胡錦濤(フー・チンタオ)総書記(国家主席)は、自分と同じ共産党青年団出身の李克強(リー・コーチアン)遼寧省党書記(52)を後継者に選ぶと思われていたからだ。

 先週、党指導部が行った党内序列の見直し作業は、ぎりぎりまで熾烈な駆け引きが続いたらしい。結局、胡は李の政治局常務委員昇格と、目の上のたんこぶ的存在だった曽慶紅(ツォン・チンホン)国家副主席の引退とを勝ち取るために、後継者の指名を断念したとみられる。

 その結果、習は李と同じ政治局常務委員ながら、党内序列では1ランク上の地位に立った。このままいけば現指導部が引退する12年には、習が党総書記に昇格し、李は温家宝(ウェン・チアパオ)首相の後任になる。

 習が一足飛びに党指導部入りを果たしたことは、党内政治の本質的な変化を物語っている。多くの消息筋によると、習が抜擢された理由は二つある。一つは、党責任者を務めた沿海地方の二つの省で経済運営に成功したこと。もう一つは、党内部での高い人気だ。

 中国の指導者にとって、大衆的人気は必要条件ではない。だが、現在の党指導部は世論調査を通じて慎重に民意を探り、その結果を人事に反映させる「党内民主」の強化に力を入れはじめている。

「目標を必ず達成する男」

 経済的手腕は、従来の中国では最高指導者に必須の資質ではなかった。むしろ95年に朱鎔基(チュー・ロンチー)が首相に就任して以来、経済のプロはトップの補佐役が指定席だった。

 党総書記兼国家主席に求められる条件は、少なくとも二つの省で実績を上げていること、イデオロギー的に穏健であること、一族の内部にスキャンダルをかかえていないことの三つ。過去の人事で「経済面での実績が判断基準になったことはない」と、政治評論家の李大同は言う。

 若いころから独創的なアイデアマンだった習の昇進は、そんな党内の人事基準が様変わりしたことを示している。父親の習仲勲(シー・チュンシュン)元副首相は文化大革命期に批判されて失脚。息子の習も15歳で陝西省の人民公社に「下放」され、肉体労働に従事した。

 だが、ここでの働きぶりが農民たちから高く評価され、習は村の党責任者に就任。さらに地元の推薦を受けて大学に進学した。「当時としては前代未聞の出来事だった」と、80年代から習をよく知る元党関係者は言う。

 名門・清華大学で工学を学んだ習は、82年に河北省正定県の党副書記に就任する。ここは発展の遅れた地域だったが、習は国営テレビ局・中央電視台の長編ドラマ『紅楼夢』のロケ地になったことを利用して、撮影セットを人気観光スポットに仕立て上げた。

 当時の中国はまだ中央統制経済が色濃く残っていた時代。このような起業家的発想の事業はほとんどなかった。「故宮を別にすれば、観光施設はないも同然だった」と、前出の元党関係者は言う。

 その後も習は、経済改革の道を突き進んだ。文革後に復活した父親の習仲勲は、中国初の資本主義の実験場となった「経済特区」の創設に大きく貢献した。習近平は85年、狭い海峡をはさんで台湾と目と鼻の先にある福建省アモイの副市長に就任。それから17年間、習は「今すぐやろう」をスローガンに掲げ、台湾との両岸貿易を大幅に増加させた。

 02年には、同じ沿海部にある浙江省の党副書記兼省長代理に転身。ここでも起業家精神を発揮して、揚子江デルタ地域の企業経営者の連携を図る組織を立ち上げ、民間企業主導で経済発展をめざす「浙江モデル」の旗振り役になった。

 地元の民間活力を刺激する改革を推し進めた結果、浙江省は20年連続で年13%以上の経済成長を実現。「習は中国の経済改革の最前線に身を置いていた」と、地元・温州大学の謝健(シエ・チエン)教授は語る。

 民間部門が経済全体の4分の3近くを占める浙江省の旺盛な活力は、外国の要人からも注目を浴びた。ヘンリー・ポールソン米財務長官は06年9月の訪中の際、真っ先に習と会って夕食を共にした。「目標に掲げたことは必ずやりとげる男だ」と、ポールソンは習を評している。

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