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『ジュリー&ジュリア』に満ちる家庭料理への愛
名演技とおいしい料理が幸せを運ぶ
(メリル・ストリープが主演女優賞にノミネート)
ボナペティ! アメリカの食卓を変えた伝説の料理研究家チャイルドをストリープが熱演
ジュリア・チャイルドの振る舞いで唯一平凡だったのは、先週眠っている間に息を引き取ったことだ」。04年8月、私は本誌の訃報にこう書いた。
だが、それは間違いだった。伝説の料理研究家ジュリア・チャイルドは死んでいない。185センチの長身で、いつも目尻にしわを寄せ、優しく甲高い声のチャイルドをメリル・ストリープがスクリーンによみがえらせたのだ。ノーラ・エフロン監督の『ジュリー&ジュリア』を見ると、チャイルドの存在が確かに感じられる。61年に出版されロングセラーとなった彼女のレシピ本『フランス料理の技を学ぶ』で料理を覚えた私たちにとって、元気が出ること間違いなしの1本だ。
本の執筆を決意したチャイルドがタイプライターに初めて紙を挟むシーンでは、世界の創造に立ち会うかのようにどきどきする。中年になって料理に目覚めたチャイルドは「フランス人って毎日フランス料理を食べてるのよ!」と興奮するが、その豪快な笑い声を聞くだけで愉快になる。
原作となったのは2つの回想録。チャイルドの自伝と、ジュリー・パウエルの『ジュリー&ジュリア』(邦訳・早川書房)だ。後者は、『フランス料理』にある524のレシピを1年で制覇する様子をつづったブログが元になっている。
映画のテーマは食べ物と愛、料理と救済だ。物語は50年代のパリで有閑マダム暮らしをするチャイルドと、現代ニューヨークのしがない事務員パウエル(エイミー・アダムス)の間を行き来する。どちらのヒロインも生き方を模索している。チャイルドは自伝で「私には弱点が3つあった」と書いている。「混乱していて......自信がなくて......ひどく感情的だった」
牛の煮込みに救われて
2人に希望を与えるのは料理だ。ガーゼで包んだ魚を鍋に沈めながらチャイルドは友人に打ち明ける。「天国にいるみたい......探し求めていた天職が見つかった」
一方、昼は事務員、夜はブロガーのパウエルは頭の中で「ねぐらに帰ったハトのようにいつも楽しそうな」チャイルドの声を聞きながら、料理に励む。「溺れかけた私をジュリアが救ってくれた。私たちは2人とも料理に救われた」
エフロン監督自身が『フランス料理』と格闘しながら料理を覚えただけに、この本への愛情が全編に漂っている。料理の染みが付いたページがスクリーンに映るたび、フランス料理を初めて親しみやすい形でアメリカに紹介した『フランス料理』がいかに画期的だったかを、私たちは思い出す。
そのレシピは短編小説のようにストーリー性豊かだ。なかでも3ページにわたって説明がある「ブフ・ブルギニョン(牛肉の赤ワイン煮込み)」は、映画の中で登場人物ばりの活躍をする。
2社に出版を断られた『フランス料理』の原稿がある日、ニューヨークの編集者ジュディス・ジョーンズの手に渡る。『アンネの日記』を発掘しアメリカに紹介した辣腕のジョーンズは原稿を持ち帰り、レシピどおりにブフ・ブルギニョンを作ってみる。かくしてチャイルドは出版契約を手に入れる。
それから50年後、パウエルがジョーンズを家に招くことになる。彼女が作るのもブフ・ブルギニョン。1度は焦がして駄目にし、2度目は雨でジョーンズが訪問を取りやめたため1人で寂しく食べる。それでもやはりこの煮込み料理は幸運を運んできた。パウエルもブログの出版契約を手に入れるのだ。
つらいときには料理が慰めになることを、エフロンは知り抜いている。自身の離婚経験をベースにした83年の小説『心みだれて』でも、ヒロインを救うのは料理だ。「私は料理と結婚についてさんざん書いてきた」と、料理評論家の主人公レイチェルは言う。「愛と料理がこんがらがると、物事が複雑になることもよく知っている」
パウエルの本も『心みだれて』の系譜といっていい。ただしこちらはセクシャルな雰囲気が少し強い。「料理という肉体行為は......思いがけない美食と性的興奮の源だと分かった......別の種類の快楽を味わうために、まずは相手の舌を喜ばせるのだ」