最新記事

米医療保険改革に大批判

本誌が選ぶ10大ニュース

イラン、インフル、ノーベル賞・・・
2009年最もお騒がせだったのは?

2009.12.22

ニューストピックス

米医療保険改革に大批判

医療費の抑制と無保険者の救済を目指す改革はオバマ政権にとって最大の内政課題になったが、国民の間で反対の声が強まり、議会での法案審議も難航した

2009年12月22日(火)12時04分
シャロン・ベグリー(サイエンス担当)


反オバマケア!怒りの渦の嘘八百

政府の「死の審査会」が治療の可否を決定する──そんな嘘まで信じるアメリカ人の深層心理


 もし今秋、バラク・オバマ大統領の政策の象徴である医療保険改革法案が廃案になり、その死因を検証することになったとしたら、この夏の「レッテル貼り戦争」のせいだと結論付けてもそう的外れではないだろう。

 オバマは「コストの上昇率抑制」をうたい、医療費の増加ペースに歯止めをかけたいと言った。これに対し、共和党の副大統領候補だったサラ・ペイリンは「デス・パネル(死の審査会)」がやって来ると警告した。

 オバマは「今の医療保険制度は、家庭や企業、政府の財政を脅かしている」と言った。共和党系コンサルタントのフランク・ランツと顧客の共和党議員はこう言った。どこかの役人が「あなたと医者の間に割り込んで、あなたに最も必要な治療を却下するだろう」。

 オバマは「今の医療保険で満足なら継続することもできる」と言った。だが共和党のジョン・カイル上院副院内総務は言った。「人工股関節が必要なのに、75歳以上だからという理由で政府に手術を拒否されることを想像してほしい」

 共和党のラマー・スミス下院議員は、民主党の法案には「不法移民が納税者の負担で医療を受けることを許す大きな抜け穴がある」と主張する。オバマが8月に行った対話集会の会場の外にはこんなプラカードもあった。「オバマは嘘をつき、老いた母は死ぬ」

 思わず地元議員にメールを送りたくなるフレーズはどちらだろう。「コストの上昇率を抑えよう」か。それとも「癌の治療費が高過ぎるという理由で、政府が母親を死に追いやるのを止めよう」か。言うまでもないだろう。

 医療保険改革をめぐる論争が、事実や論理や理性、そして4600万人の無保険者に対する配慮に基づいて行われると思った人々は、間違っていたようだ。政治家やコンサルタントは、論理より感情に訴えるほうがはるかに効果的だと学んだ。なかでも恐怖心ほど人々を強く突き動かすものはない。

 だが「死の審査会」をはじめとする嘘の数々がこの夏、驚くべき勢いを勝ち得たことを理解するには、感情は理性を超えるという分かり切った理屈より深く原因を掘り下げる必要がある。

 最も効果的だった誇張や歪曲を検証すると、アメリカ人の国民性について多くのことが見えてくる。意思決定の神経科学で説明できることも多いし、過去12カ月の出来事がいかに常軌を逸していたかということも分かる。

 昨年の今頃、人々にこんな質問をしていたら何と答えただろう。米政府が保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)を事実上国有化することがあると思うか。07年10月に1万4093ドルだったダウ工業株30種平均は6627ドルまで暴落するか。大半は、自分が生きている間にそんなことはあり得ないと答えたはずだ。だが実際は......。

「狂ってしまった世界では、あり得ないことも突然ありそうに見えてくる。たとえそれが『死の審査会』でも」と、『政治脳』の著書があるエモリー大学の心理学者ドルー・ウェステンは言う。

生存本能がむき出しに

 それだけではない。「多くの人が、終末医療がメディケア(高齢者医療保険制度)を破綻させつつあることや、いずれはこの問題に対処せざるを得ないことを漠然と知っている」ため、「死の審査会」がさらに現実味を増して感じられると、ウェステンは言う。

 変人でもデマゴーグでもない公的な立場の人々がその説を奉じれば、その説得力はさらに増す。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中