最新記事

ジョン・アップダイク(アメリカ/作家)

今年を駆け抜けた人に
さようなら

世界に大きな影響を与えた
著名人・スターの軌跡

2009.12.08

ニューストピックス

ジョン・アップダイク(アメリカ/作家)

著書は50冊以上、鋭い観察眼で「普通であること」を追い続けた散文の錬金術師

2009年12月8日(火)12時10分
クレア・メスード(作家)

 彼ほど意識が研ぎ澄まされ、率直で、視線の鋭い人はほとんどいない。作家のなかでも本当に数えるほどしか。1月27日に肺癌のため76歳で死去したジョン・アップダイクは、叙情的で優雅な散文の名手であり、冷徹で正確な観察眼は決して妥協がなかった。

 彼ははっきりと見て、見たものを生き生きと表現した。それは窓ガラスを伝う雨粒だったり(「網戸は刺しかけの刺しゅうの見本のようで、答えが見えないクロスワードパズルのようで、小さい半透明の雨のモザイクが不規則に散らばっていた」)、70年代の石油危機が普通のアメリカ人の生活にもたらした影響だったりした。

 1954年に初めてニューヨーカー誌に作品が掲載されてから死ぬ数週間前まで、アップダイクは作家人生を情熱的に生き抜いた。書いて、書いて、書き続けた。

 著作は50冊以上。その多作ぶりは伝説となり、小説や短編、詩だけでなく、ハイレベルの文学評や美術評、エッセーや回想録も著した。自叙伝『自意識』(89年)では深い内面を見せたが、何よりも世の中を見つめる作家であり、雑多な日常生活から芸術を生み出す錬金術師だった。

 彼の人生は文学で成功したエスタブリッシュメントの典型で、フィクションの世界と同じくらい精巧だった。その原型は50年代のハーバード大学でつくられた。「沈黙の世代とも呼ばれた私の世代の大半は白人で、私たちは幸運だった。兵士になるには若すぎ、反抗するには年を取りすぎていた」

ライバルは若き日の自分

 アップダイクは32年、ペンシルベニア州シリントンで、教師の父と作家に憧れる母の間に生まれた。質素な中流家庭の一人息子は乾癬(かんせん)と吃音に苦しんだ。思春期に入ってすぐに、アメリカの文学創作の最高峰とされるニューヨーカー誌に作品が掲載されることをめざし、22歳の若さで実現した。同誌との関係は生涯続き、その大半を通じて彼の作品は「ニューヨーカー誌の短編」の手本となった。

 作家にとっては、短編こそ彼の不朽の伝説の証しかもしれない。しかし一般的には長編小説家として知られている。『ケンタウロス』『カップルズ』『イーストウィックの魔女たち』に、『ベック』3部作。そしてもちろん、高校バスケットボールのスター選手だった「ウサギ」ことハリー・アングストロームの数十年の不器用な人生をつづった『ウサギ』4部作。

 ウサギは郊外に暮らし、基本的に用心深いが性的にだらしない男の代表だ。私は15歳のときに『金持になったウサギ』を読んだ。両親の世代の性的なふしだらさと、それを記録する小説家がいるということに恐れをなしたあの衝撃を忘れないだろう。

 その意味で、アップダイクが輝いたのは戦後の反逆の時代以前の一時期だった。50〜60年代に「怒れる若者たち」と称されたイギリス人作家キングスリー・エイミスが歳月とともに気むずかし屋になったのと同じように、アップダイクも大胆だった自作が退屈なものになっていくのを見届けた。「私はある時代に生まれた白人男性で、私の時代と職業ならではの女性蔑視的なところがある」と、10年以上前に認めている。

 しかし彼はこう続ける。「自分が女性嫌悪症だとは思わない。聡明で賢く素晴らしい女性たちは、私の人生で大きな役割を演じてきた」。厳密な言葉遣いで知られる彼だからこそ、「聡明」「賢い」という言葉に込められた意味は、無意識だったとしても痛烈だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中