最新記事

一つになりたいヨーロッパの夢

岐路に立つEU

リスボン条約発効、EU大統領誕生で
政治も統合した「欧州国家」に
近づくのか

2009.10.23

ニューストピックス

一つになりたいヨーロッパの夢

2009年10月23日(金)12時50分

 ヨーロッパを仕切る「政府」になりつつあるようにみえるEU(欧州連合)。そこでは今、地域全体に適用される憲法としての意味合いが強いリスボン条約の成立に向けた動きが活発になっている。

 EUはもともと1958年にフランスや西ドイツなど6カ国が、経済の統合を目的につくった欧州経済共同体から始まった。現在は市場や通貨だけでなく政治、外交、軍事など幅広い分野での統合をめざす。統合が進んだことで加盟国の経済が潤う効果も出ている。

 しかし加盟国が27にまで増え、文化や生活水準が違う旧共産圏の国々もかかえるようになった今、EUは自分を見直す時期にきた。アメリカのように加盟国を「州」のように扱う連邦政府をめざすのか、それともあくまで国家の緩やかな連合体であり続けるのか。

 EU憲法として定められたリスボン条約は、EUの「政府化」を進めるものだ。参加国に共通するルールを決めることで、一つのヨーロッパという超国家の誕生に一歩近づくことになる。

 EUの統合が今よりも強まることには、加盟国にとって良い面と悪い面がある。貿易や観光の稼ぎが増えるのはどの国も大歓迎だが、労働者を送り出すばかりで自分の国でちっともカネを使わない国に足を引っ張られるのはまっぴらごめん、という具合だ。

 そのせいもあって、EUの政府化は過去に一度失敗している。3年前、フランスとオランダの国民投票で、リスボン条約の前身である欧州憲法が否決されたのだ。おかげでEUの役目や目標を問う議論は何年もストップしてしまった。

「EU大統領」が誕生

 両国の国民が反対した背景には、憲法の成立でEUの統合がさらに進むと、自国の産業がEU内の他の国に奪われたり、東欧からの移民がさらに増えたりするという不安があった。実際に東欧がEUに加盟してからというもの、西欧諸国では移民に職を奪われて失業する国民が急増している。

 今も参加国のなかには、EUの統合が強まりすぎることをよく思っていない国もある。統合のうまい汁は吸いたいが、だからといって今ある特権や独自性は失いたくない。ヨーロッパの国々にとって、EUという存在をどう位置づけるかという議論は、まだ道半ばだ。

 今のところ、加盟国はリスボン条約を強引に実現させようとしている。「憲法」という言葉がないのもそのためだ。憲法でなければ改正に必要な国民投票も避けられる。欧州憲法の失敗から、ほとんどの国は議会での手続きだけで条約を受け入れようとしている。EU歌やEU旗といった「国家」を連想させる条文もなくなった。

 裏にはイギリスやフランスなど大国の思惑もあると考えられる。たとえば条約の目玉は「EU大統領」の創設だが、これは今まで半年ごとに順番で受け持ってきたEUの委員会の議長に代わる役職。2年半の任期の間、EU全体の取りまとめや、アメリカや中国などを相手にする「EUの顔」となる。

 現在の持ち回り制では、加盟国数が多い東欧の国々が議長を務める期間が長くなる。しかし大統領制で選ばれれば、その国が長い期間EUを思いどおりにできる。

 多数決の方法も国の数だけでなく、国民の数に比例したものも同時に導入しようとしている。これも人口の多い大国には有利。EUの政府化を進めつつ、それを自分たちがコントロールできる都合の良さをねらっているようにみえる。

 一方で東欧などの新参の加盟国からすれば、EUの統合がさらに強まれば自国経済がもっと潤うことになる。彼らが条約によって得るメリットも大きいが、大国の思いどおりにさせるつもりもないらしい。初代大統領にはトニー・ブレア前英首相が本命視されているが、東欧は独自に代表候補を立てて対抗する構えを見せている。

 各国の思惑が複雑に入り交じり、いまひとつまとまりに欠けるヨーロッパを象徴するリスボン条約。09年の発効をめざして今後も議論が活発になるはずだが、それはヨーロッパのなかでEUが果たすべき役割とは何かをあらためて考えるのにも最適の場となるだろう。

 条約が効力をもつためにはすべての加盟国のゴーサインが必要。1カ国でも拒否すれば政府化の試みは再び泡と消える。EUが国家になるという未来像は、まずこの条約の成功にかかっている。

[2008年4月16日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米メーシーズ、第4四半期利益が予想超え 関税影響で

ワールド

ブラジル副大統領、米商務長官と「前向きな会談」 関

ワールド

トランプ氏「日本に米国防衛する必要ない」、日米安保

ワールド

トランプ氏、1カ月半内にサウジ訪問か 1兆ドルの対
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中