最新記事

木洩れ日のアナログ街道へ

外国人の
ジャパンガイド

相撲の朝稽古から鉄道、
秘湯、お遍路まで
日本人の知らない日本の旅し方

2009.09.16

ニューストピックス

木洩れ日のアナログ街道へ

オープンカーで出かけるならスリルを楽しむマウンテンロードより、光のシャワーを浴びて走る「スローな道」が面白い

2009年9月16日(水)11時04分
ピーター・ライオン(モータージャーナリスト)

 私が好きな日本語の一つは、「木洩れ日」だ。

 木々に囲まれた田舎や山道を車で走るときに浴びる光のシャワー。それを木洩れ日と呼ぶと知ったとき、私は驚いた。ある現象をこれほど詩的に表現できる単語は、英語にはなかなかない。あえて訳せば「sunlight shining through the trees」だが、詩的な美しさは感じられない。

 日本にははっきりした四季があり、雨や風を表す言葉も多い。霧雨、五月雨、梅雨、和風、清風、東風、疾風。

 そんな日本に出合いたくなると、私はちょっとした旅に出る。詩的な情感を体で味わうには、オープンカーが一番だ。閉ざされたカプセルのような普通の車だと空間を通過するだけだが、オープンカーなら視界は広いし、音や匂い、湿度も感じられる。木洩れ日の中を走るときに、ものすごい速さで無数の光のシャワーを通り抜ける感覚がたまらない。

 今回のドライブの相棒は、日産フェアレディZの350Zロードスター。69年に登場した名車フェアレディZ(240Z)のインスピレーションから生まれ、フランスで「最も美しい車」の賞に輝いたスポーツカーだ。04年末に発売された35周年アニバーサリー・バージョンも話題だが、僕はあえてコンバーチブルにした。

 モータージャーナリストは、カーブの多いマウンテンロードやサーキットのような場所ばかり走っていると思われているかもしれない。もちろん、新車の走りを試すためにそうした道もよく使うが、ふだんは都内の渋滞と戦う毎日だ。

 だからこそ、オフのときは自分を充電できるルートに出かける。「走りがい」だけを求める道も、ガイドブックに出るような観光地も選ばない。

 たとえば、茨城県那珂町近くの田舎道。田んぼにはさまれた道あり、杉木立あり、山に向かって走れば高い樹木が並んでいて、木洩れ日のシャワーを全身に浴びられるこのルートは、「私にとっての日本」を感じられる道でもある。生活のペースは東京よりワンテンポ緩やかで、素朴さが残っていて、人は気取らず本音を言ってくれる。

田んぼの真ん中に現れるオアシス

 常磐自動車道の那珂インターチェンジを降り、118号線を抜けて61号線に入ると広大な田んぼが広がる。都内からわずか1時間半ほどなのに、東京の忙しさが遠く感じられる。こんな道を私は「木洩れ日のアナログ街道」と呼ぶ。現代の生活で頼っている3K、つまりコンピュータ、カメラ、携帯を忘れられるからだ。

 デジタル化が進む都会の生活と違って、ここでは今も人間と人間の生の接触が大切にされている。のんびり餌を探し歩くキツネが出合ったときに互いの臭いをかぎ合うように、人々は立ち止まって言葉を交わす。これこそ、アナログなライフスタイルだ。

 今はまだ空気が冷たく、田畑にも緑は少ないが、若い稲が震える初夏の田んぼも、たくましくなった稲が陽光を浴びる盛夏も、実りの秋もそれぞれ美しい。

 ミラノ郊外のテストコースをふと思い出した。イタリア最大の自動車専門誌が新車を厳しく評価する試験運転場だが、そこへ行く途中でスズメの飛び交う田舎道を通ったとき、日本の風景に似ていると思った。暮らしている人々も、那珂町の住民に似ていた。見知らぬ人でも古い友人のように話しかけ、あいさつもしてくれる。デジタルな「におい」がどこにもない。

 61号線を常陸太田へ向かって5分ほど走ると、田んぼの中にいきなり一軒のそば屋「佐竹」が現れる。この店の魅力は、もちろん生成り木綿のような打ちたてのそばと、働く人たちの純朴さだ。

 早朝から5、6人のおばさんが仕込みにとりかかる。そばは粉から丁寧に作り、つけ合わせの野ゼリやゴボウ、長ネギなどはその日使う分だけ裏の畑から採ってくる。

 取材当日、開店前に仕込みの様子を見せていただいた。畑の土が凍り、おばさんたちはネギが引き抜けずに苦労していた。近くにいた私は「やらせてください」と声をかけ、2本引き抜いてあげた。長くて元気なネギを手渡すと、おばさんは「ありがとう」と笑顔で言って、冷たい井戸水で洗いだした。そういえば、洗ったネギの白さに冬の寒さを見るという松尾芭蕉の句があったなと、思い出した。

 この店の料理には、「ちょっとカボチャを煮たから来ない?」というような温かさがある。ガラス越しに職人が黙々とそばを打つかっこよさとは違う、手作りのゆったり感がうれしい。そして、どうみても白人の私も区別せず、一人の人間として普通に接してくれる。

都心が失った上質な道路カルチャー

 61号線から62号線を抜けて293号線に入り、小舟川沿いに走る。地元の人が釣りを楽しむ川で、春には山桜が美しい。道路はだいたい1車線で、時速50キロで走る。良質の杉やヒノキが多く、木立を抜ける風の音や匂いが楽しい。風と光を肌で感じるから、車で走っているフィーリングはない。むしろ馬に乗っているような感覚だ。

 オープンカーで走りたい道にもいろいろある。たとえば、私の故郷オーストラリア南東部の海岸線。メルボルンに近い南氷洋に沿ったグレート・オーシャン・ロードは、裸の太陽を浴びながらダイナミックな走りが楽しめる。

 アメリカなら、アカマツに囲まれた西海岸の1号線がおすすめだ。地平線の見える土地で育った私は、建物の圧迫感があって排出ガスの多い東京では、オープンカーに乗りたいとは思わない。

 しかし、小舟川沿いの道は信号がほとんどなく、交通量も少ない。道は狭いが、スイスイ走ると気持ちがいい。イタリアのミラノからコモ湖へ行く田舎道に似ている。

 道路でのルールやマナーも、東京とは少し違う。都会ではウインカーをつけて車線変更しようとしても、なかなか入れてくれない。それでいて、入れてくれた相手には手を上げたり、ハザードをつけたりして感謝を示す。車の先端を隣の車のバンパーにつけて、無理やり入れてもらうコツを覚えるのに数カ月かかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中