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木洩れ日のアナログ街道へ
オープンカーで出かけるならスリルを楽しむマウンテンロードより、光のシャワーを浴びて走る「スローな道」が面白い
私が好きな日本語の一つは、「木洩れ日」だ。
木々に囲まれた田舎や山道を車で走るときに浴びる光のシャワー。それを木洩れ日と呼ぶと知ったとき、私は驚いた。ある現象をこれほど詩的に表現できる単語は、英語にはなかなかない。あえて訳せば「sunlight shining through the trees」だが、詩的な美しさは感じられない。
日本にははっきりした四季があり、雨や風を表す言葉も多い。霧雨、五月雨、梅雨、和風、清風、東風、疾風。
そんな日本に出合いたくなると、私はちょっとした旅に出る。詩的な情感を体で味わうには、オープンカーが一番だ。閉ざされたカプセルのような普通の車だと空間を通過するだけだが、オープンカーなら視界は広いし、音や匂い、湿度も感じられる。木洩れ日の中を走るときに、ものすごい速さで無数の光のシャワーを通り抜ける感覚がたまらない。
今回のドライブの相棒は、日産フェアレディZの350Zロードスター。69年に登場した名車フェアレディZ(240Z)のインスピレーションから生まれ、フランスで「最も美しい車」の賞に輝いたスポーツカーだ。04年末に発売された35周年アニバーサリー・バージョンも話題だが、僕はあえてコンバーチブルにした。
モータージャーナリストは、カーブの多いマウンテンロードやサーキットのような場所ばかり走っていると思われているかもしれない。もちろん、新車の走りを試すためにそうした道もよく使うが、ふだんは都内の渋滞と戦う毎日だ。
だからこそ、オフのときは自分を充電できるルートに出かける。「走りがい」だけを求める道も、ガイドブックに出るような観光地も選ばない。
たとえば、茨城県那珂町近くの田舎道。田んぼにはさまれた道あり、杉木立あり、山に向かって走れば高い樹木が並んでいて、木洩れ日のシャワーを全身に浴びられるこのルートは、「私にとっての日本」を感じられる道でもある。生活のペースは東京よりワンテンポ緩やかで、素朴さが残っていて、人は気取らず本音を言ってくれる。
田んぼの真ん中に現れるオアシス
常磐自動車道の那珂インターチェンジを降り、118号線を抜けて61号線に入ると広大な田んぼが広がる。都内からわずか1時間半ほどなのに、東京の忙しさが遠く感じられる。こんな道を私は「木洩れ日のアナログ街道」と呼ぶ。現代の生活で頼っている3K、つまりコンピュータ、カメラ、携帯を忘れられるからだ。
デジタル化が進む都会の生活と違って、ここでは今も人間と人間の生の接触が大切にされている。のんびり餌を探し歩くキツネが出合ったときに互いの臭いをかぎ合うように、人々は立ち止まって言葉を交わす。これこそ、アナログなライフスタイルだ。
今はまだ空気が冷たく、田畑にも緑は少ないが、若い稲が震える初夏の田んぼも、たくましくなった稲が陽光を浴びる盛夏も、実りの秋もそれぞれ美しい。
ミラノ郊外のテストコースをふと思い出した。イタリア最大の自動車専門誌が新車を厳しく評価する試験運転場だが、そこへ行く途中でスズメの飛び交う田舎道を通ったとき、日本の風景に似ていると思った。暮らしている人々も、那珂町の住民に似ていた。見知らぬ人でも古い友人のように話しかけ、あいさつもしてくれる。デジタルな「におい」がどこにもない。
61号線を常陸太田へ向かって5分ほど走ると、田んぼの中にいきなり一軒のそば屋「佐竹」が現れる。この店の魅力は、もちろん生成り木綿のような打ちたてのそばと、働く人たちの純朴さだ。
早朝から5、6人のおばさんが仕込みにとりかかる。そばは粉から丁寧に作り、つけ合わせの野ゼリやゴボウ、長ネギなどはその日使う分だけ裏の畑から採ってくる。
取材当日、開店前に仕込みの様子を見せていただいた。畑の土が凍り、おばさんたちはネギが引き抜けずに苦労していた。近くにいた私は「やらせてください」と声をかけ、2本引き抜いてあげた。長くて元気なネギを手渡すと、おばさんは「ありがとう」と笑顔で言って、冷たい井戸水で洗いだした。そういえば、洗ったネギの白さに冬の寒さを見るという松尾芭蕉の句があったなと、思い出した。
この店の料理には、「ちょっとカボチャを煮たから来ない?」というような温かさがある。ガラス越しに職人が黙々とそばを打つかっこよさとは違う、手作りのゆったり感がうれしい。そして、どうみても白人の私も区別せず、一人の人間として普通に接してくれる。
都心が失った上質な道路カルチャー
61号線から62号線を抜けて293号線に入り、小舟川沿いに走る。地元の人が釣りを楽しむ川で、春には山桜が美しい。道路はだいたい1車線で、時速50キロで走る。良質の杉やヒノキが多く、木立を抜ける風の音や匂いが楽しい。風と光を肌で感じるから、車で走っているフィーリングはない。むしろ馬に乗っているような感覚だ。
オープンカーで走りたい道にもいろいろある。たとえば、私の故郷オーストラリア南東部の海岸線。メルボルンに近い南氷洋に沿ったグレート・オーシャン・ロードは、裸の太陽を浴びながらダイナミックな走りが楽しめる。
アメリカなら、アカマツに囲まれた西海岸の1号線がおすすめだ。地平線の見える土地で育った私は、建物の圧迫感があって排出ガスの多い東京では、オープンカーに乗りたいとは思わない。
しかし、小舟川沿いの道は信号がほとんどなく、交通量も少ない。道は狭いが、スイスイ走ると気持ちがいい。イタリアのミラノからコモ湖へ行く田舎道に似ている。
道路でのルールやマナーも、東京とは少し違う。都会ではウインカーをつけて車線変更しようとしても、なかなか入れてくれない。それでいて、入れてくれた相手には手を上げたり、ハザードをつけたりして感謝を示す。車の先端を隣の車のバンパーにつけて、無理やり入れてもらうコツを覚えるのに数カ月かかった。