最新記事

『時計じかけのオレンジ』

シネマ!シネマ!
シネマ!

あの名作、話題作を
辛口レビューで斬る
増刊「映画ザ・ベスト300」
7月29日発売!

2009.08.03

ニューストピックス

『時計じかけのオレンジ』

本能的衝動に酔う異色ヒーロー

2009年8月3日(月)13時09分

[英語版1972年1月 3日号掲載]

 徹底的に感情を排し、鮮やかなアイロニーと大胆なアイデアに満ちた作品だ。観客は喜び、笑い、思考を刺激されるが、心を揺さぶられることはない。

 とはいえ、1つの作品に完璧を求めるわけにはいかない。スタンリー・キューブリックが知性と想像力を存分に見せつけたこの作品は、疑いようもない傑作だ。

 舞台は近未来のロンドン。少年アレックス(マルコム・マクドウェル)の楽しみは仲間と住宅に侵入し、窃盗や殺人を犯すこと。極悪人だが、彼らのおぞましい行為を様式化し、音楽を巧みに使うことで、キューブリックは観客に嫌悪感を抱かせない。アレックスはある作家の妻をレイプする最中に「雨に唄えば」を口ずさみ、軽やかに踊る。

 やがて彼は逮捕されるが、刑務所の教戒師に取り入ろうと聖書を勉強するときも、頭の中ではキリストをむち打ち、ローマ人を殺す。

 ところがその自由も奪われる。矯正センターに移された彼は、吐き気を催す薬を注射され、暴力やセックスの映像を強制的に見せられる。かつての快楽の源が、気が付けば苦痛の源になっていた。

 アレックスは犯罪抑止療法のモルモットとして見せ物にされる。発表の場では男に小突かれ、ヌードの女にいたぶられるが、反抗するどころか男の靴をなめ、女の足元にひれ伏す。靴をはう舌のクローズアップだけで、キューブリックは人間の置かれた状況を物語る。

 解放されたアレックスは、かつて自分が苦しめた被害者たちに仕返しされる。わざとらしい設定だが、物語の神話的なスタイルのおかげで違和感はない。「ストーリーをリアルに語るのはまどろっこし過ぎる」と、キューブリックは語っている。「リアリズムだけでは生きることや世界を表現できない」

 この作品は、人間とは何かという問いの核心を突いている。本能的衝動の塊のようなアレックスは刑務所で人格を、矯正センターでは妄想さえ奪われて、文字どおり人間であることをやめてしまう。

 しかしラストで、アレックスは欲望や攻撃性を取り戻す。人間の精神が社会的支配をはね返すのだ。皮肉な結末だが、支配への反発はキューブリックの一貫したテーマ。本作でも人格支配に立ち向かう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック上昇、トランプ関税

ワールド

USTR、一部の国に対する一律関税案策定 20%下

ビジネス

米自動車販売、第1四半期は増加 トランプ関税控えS

ビジネス

NY外為市場=円が上昇、米「相互関税」への警戒で安
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中