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『シンドラーのリスト』
スピルバーグが照らしたホロコーストの真実
オスカー・シンドラー。ドイツ人実業家で、ナチスの大物と親しかった人物。そして、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)をくぐり抜け、1200人近いユダヤ人を死の淵から救い出した男。ナチスの支配下で誰もが息を潜めていた時代に、シンドラーはなぜ自らの命を危険にさらしてまでユダヤ人を救ったのか。
真相は誰にも分からない。ただ、シンドラーがおよそ英雄らしからぬ人物だったことは分かっている。コニャックと夜遊びとオートバイをこよなく愛し、妻を平気で裏切る無類の女好き。戦争で暴利をむさぼり、ギャンブルや闇取引にも手を出していた。
この「らしからぬ」英雄を通して、スティーブン・スピルバーグが「らしからぬ」映画を作った。トマス・キニーリーのノンフィクション小説を元にした『シンドラーのリスト』は、『E.T.』や『ジュラシック・パーク』を作ったヒットメーカーのイメージとはおよそ懸け離れている。
この作品で、スピルバーグは監督として新たな境地に達した。流麗な語り口や軽やかなストーリー展開という持ち味は、今回も存分に生かされている。そこへ斬新なスタイルと新しい映像言語、そして感情の深みが加わった。スピルバーグを「大人にならない少年」と呼んできた人も、今回は脱帽せざるを得ないだろう。
映像の大半はモノクロで、キャストの多くは無名に近いポーランド人とイスラエル人。そんな作品が、観客をホロコーストの悪夢へと引きずり込んでいく。驚くほど抑制の利いたスクリーンは、昔のニュース映画のような緊迫感にあふれている。
この物語を表現するには今までのやり方では駄目だと、スピルバーグは直感的に悟ったと言う。「普段と全然違うスタイルでやりたかったから、撮影機材は半分にした。クレーンもなし、レールもなし。手持ちカメラを多用することは、決めてたわけじゃない。ただ、技巧を排除して事実を身近に感じてもらいたかった」
シンドラー(リーアム・ニーソン)が英雄的行為に踏み切るきっかけの1つとなるゲットー(ユダヤ人居住区)解体の一昼夜を、スピルバーグは執拗なまでにリアルに描いた。パンに宝石を埋めて、のみ込む女たち。ナチスの手で銃殺されるよりはましだと、患者に毒を飲ませて安楽死させようとする看護師。1度見たら忘れられない場面ばかりだ。
舞台がプワシュフの強制収容所に移ると、アーモン・ゲート所長が登場する。「サディスティックなナチ将校」はホロコースト映画の定番だが、イギリス人俳優のレイフ・ファインズはこれまでになかった恐怖を体現している。
ゲートは冷酷な怪物そのもの。朝起きると眠気覚ましにライフル銃を取り、バルコニーから収容所のユダヤ人を無造作に撃ち殺す。時折もろさも見せるだけに、冷酷さがいっそう真に迫る。『インディ・ジョーンズ』シリーズで漫画的なナチスを描いたスピルバーグが、ここでは現実を見据える有能なリポーターに変身している。
この作品で観客が最初に耳にするせりふは「名前は?」である。列車に詰め込まれてクラクフのゲットーにたどり着いたユダヤ人に、待ち構えていた役所の職員が尋ねる。「名前は?」
全編にあふれる名前と顔は、600万人のユダヤ人が命を奪われ、1200人のユダヤ人がシンドラーによって救われたことの記録だ。歴史の壮絶な1章をこれほど雄弁に語った作品は、世界でも初めてだろう。
ユダヤ人のスピルバーグは幼い頃から、虐殺された人々の話を聞かされて育った。祖母に英語を教わりに来ていた男性は、アウシュビッツ収容所で刻まれた入れ墨を使って数字を教えてくれた。差別や暴力を受けたこともある。
スピルバーグは『シンドラーのリスト』が呼び起こす感情に戸惑ったという。「何度も泣いた――実際に起こった出来事を目の前で再現し、それを目撃者や犠牲者の立場で僕は追体験した。映画を撮ったって感じじゃない。だから毎朝起きるたびに、ああ今日も地獄に行くんだと思った」
『シンドラーのリスト』は、スピルバーグが映画監督としての自分を見直すきっかけにもなった。4時間以上に及んだ本誌とのインタビューの数時間後、彼はまた電話をかけてきて、映画を作ろうと思った理由が分かったと言った。
「僕は今まで映画で真実を語ったことがなかった。いつも現実にはあり得ない話を作ろうとしてきたんだ。僕の映画を見た観客は、ひとときだけ日常を離れて冒険を味わい、映画が終わったら現実に戻って家に帰る。でも映画で真実を語るなら、離婚や家族の話じゃなくて、最初はこの題材だとずっと思ってきた」
スピルバーグの長年の夢は、ついに実を結んだ。『シンドラーのリスト』を見終わった観客は、真実の重さを胸に抱いて家路に就くだろう。
[1994年2月16日号掲載]