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『24』 失踪の24時間がまた駆け出した
原点回帰で輝きを取り戻した『24』シーズン7。ファンが求める「変化」に応えて進化を遂げる
今度のジャック・バウアーは、これまでの『24』シリーズとはかなり違う。
テロリストと死闘を繰り広げたりはせず、孤児のキャンプでカウンセラーをしている。しかも舞台はロサンゼルスではなく、アフリカのサンガラという架空の国だ。爆発なし、命を狙われることもなし。常に追跡される身でピリピリしていたのが嘘のように、平穏な精神状態でいるらしい。
新しい物語は、主人公のバウアーが絵はがきのように美しい大地に立ち、その周りでアフリカの子供たちがサッカーをしている場面で始まる。
とはいえ、これまで6シーズンにわたってアメリカ(と世界)の視聴者の手に汗を握らせてきた大ヒットサスペンスのこと。このままでは終わらない。ほのぼのした幕開けとは裏腹に、シーズン7のプロローグ的位置づけをなす2時間のテレビ映画『24 リデンプション』は、始まって数分でたちまち不吉な影が差してくる。
サンガラでは軍事クーデターの真っ最中で、子供たちが反乱軍に無理やり徴兵される。この2時間ドラマは、子供たちを安全な場所に逃がそうとするバウアーの奮闘が一つの軸になっている。
ある場面でバウアーは登場人物の一人に、どうしてアフリカの孤児収容所にいるのかと尋ねられる。「これまでに犯した罪の償い?」。バウアーはこう答える。「そのことは話したくない」
薄っぺらい脚本は卒業?
バウアーを演じる俳優キーファー・サザーランドも、自分自身の「罪」については話したがらないだろう(1年ほど前に飲酒運転で48日間の刑務所暮らしを経験)。
大失敗に終わった『24』のシーズン6についても話題にしたがらない。批評家がシーズン6を「荒唐無稽」と批判したのも無理はない。中国で拘束されていたバウアーは、米中両国政府の交渉によりアメリカに引き渡されるが、それには裏があった。米政府はあるテロ勢力と取引し、彼らにバウアーの身柄を渡すために彼を奪還したというのだ。
「もっとエキサイティングに」というプレッシャーを感じすぎて、脚本家たちは荒唐無稽路線をエスカレートさせてしまったらしい。もともとこのシリーズに現実離れした面があるのは事実だが、シーズン6は結局、盛り上がりを欠いたまま終わってしまった。
11月某日、シーズン7のプロモーションイベントで、前シーズンの視聴率低迷について質問を浴びせられたサザーランドは、ぶっきらぼうに言った。「批評家にはたたかれたが、ファンの考えは違ったと思う。(面白いと言ってくれる人に)街で大勢会った」
そうだとすれば、『リデンプション』を面白いと感じる人はもっと多いはずだ。今回は、最近のシーズンのような大げさでとっぴな設定に走らず、『24』シリーズの原点である(そして人気の理由である)シンプルなアクションドラマに回帰したようにみえる。
一日の出来事を24話に分けてリアルタイムで描くのが、このシリーズの特徴。『リデンプション』では、2時間という短い放送時間で、2時間に起きた出来事を描いている。その時間的な制約のおかげで、引き締まった展開になっていることも好ましい(『リデンプション』は20世紀 フォックス ホーム エンターテイメントより09年3月19日にDVD発売・レンタル開始。シーズン7は同社より09年発売予定)。
新生バウアーが登場する前兆は、実はシーズン6の最後のシーンにすでにあった。独りで海を見下ろすバウアーは、疲れきったように見えた。「シーズン6の最後で、バウアーは政府とつき合うことに嫌気が差してしまって」とサザーランドは言う。「政府の仕事を離れることにしたんだ」
そして、舞台は4年後。バウアーは生まれ変わった。シリーズ開始早々に妻を亡くし、娘と離別するなど、つらい仕打ちに耐え続けてきたが、ついに祖国のために命を懸けるのはごめんだと考えるようになった。バウアーは国や政府のためでなく、自分自身のために行動するようになる。
しかし、ご心配なく。トップエージェントとしての能力はさびついていない。『リデンプション』の中には、敵に捕らわれて拷問を受けるシーンもあるし、友達が爆殺される前に爆発物を爆破させようと奮闘する緊迫のシーンもある。要するにアクションに関しては、ファンをとりこにしたバウアーが健在なのだ。
アフリカで起きているドラマと交互に差し挟まれるのは、ワシントンで進行しているドラマだ。ワシントンではこの日、米史上初の女性大統領アリソン・テイラーが就任式を行おうとしていた。
テイラーを演じるのは、チェリー・ジョーンズ。テレビ界ではあまり知られていないが、ブロードウェイでは名の通った実力派女優だ。堂々とした歯切れのいい話し方は、さながらヒラリー・クリントン上院議員。だが、ジョーンズ自身はクリントンを参考にしたわけではないと強調する。
「私のほうが髪が長いし」と言って、ジョーンズはくすくす笑う。「冗談だけど、私は(フランクリン・ルーズベルト大統領夫人で、政治・社会的な活動で活躍した)エレノア・ルーズベルトとジョン・ウェインの中間っていうことにしてる」
テイラーの就任式の最中に、サンガラのクーデターの一報が飛び込んでくる。政変の背後で糸を引くのは、ベンジャミン・ジュマ大佐(トニー・トッド)。大量虐殺を推し進めた邪悪な独裁者だ。
敵はソシオパスの独裁者
もう一人の目立つキャラクターは、バウアーをアメリカに連れ戻そうとする米大使館員フランク・トラメル。演じるのは『アリー my Love』でビリー役だったギル・ベロウズだが、好人物のビリーとは対照的な役柄で、バウアーとはぶつかり合う関係だ。「決して感じのいいキャラクターではないかもしれないけど、ジャック・バウアーを打ち負かす数少ない登場人物の一人だ」とベロウズは言う。
シーズン7のストーリーはまだ極秘扱い。しかし取材中に出演者がポロリともらすこともある。バウアーは米政府関係者によってワシントンに連れ戻され、当然の展開として今回も新しい大統領のために働くことになる。
テイラー大統領は頭の回転が速く、決断力があり、温かい心の持ち主だ。「とても尊敬できる女性だし、高い理想をいだいている」とジョーンズは言う。
そんな彼女も失敗を犯さないわけではない。「最初の30分の間に思い切った政策上の決断をして、それがとんでもない結果を生む。それで、大統領が脅迫されることになって......」。アメリカ大統領が脅迫を受けるって? 「何も言っちゃいけなかったのに!」とジョーンズは笑う。
悪役も『24』には欠かせない。ジュマ大佐は、これまでの悪役と比べてもかなり強烈だ。この冷血な独裁者は、部下に執拗にバウアーを追跡させ、子供たちの命まで奪う。
しかしトッドに言わせると、最初の悪い印象を引きずりすぎないほうがいいという。「見たものをすべてうのみにしてはいけない」と言って、ニヤリと笑う。「人間は誰でも二面性がある」
トッドのお気に入りの場面の一つは、ジュマが勝手にホワイトハウスに乗り込んで、大統領と直接面会する一幕だ。当然、友好的な訪問とは言いがたい。「ジュマはソシオパス(社会病質者)で、ノーと言われるのが嫌いだ」とトッドは言う。この男とバウアーの対決がシーズン7のヤマ場であることは言うまでもない。
『24』は6年間、高い視聴率をかせぎ続けてきたが、永遠に続く連続ドラマなどない。アメリカで08年11月23日に放送された『リデンプション』の視聴者数は1210万人。立派な数字だが、シーズン6の初回放送が1500万人を超していたことを考えれば、下り坂と言われても仕方がない。
「オバマ時代」のドラマへ
出演者の年齢の問題もある。サザーランドは41歳。面と向かって話していると、アクションスターというより、礼儀正しい大学教授のように思える(もっとも66歳のハリソン・フォードがインディ・ジョーンズ役を違和感なく演じている例もあるが)。
サザーランドは少なくとも、あと2シーズンはジャック・バウアーを演じる見通しだ。それに、劇場公開用の映画版の計画もある。映画版は短い時間にストーリーが凝縮する結果、『リデンプション』のように引き締まった作品に仕上がるかもしれない。
「完璧なシーズンなどこれまで一度もなかった」とサザーランドは認める。「リアルタイムで進むストーリーを連続ドラマの形式で描こうと思えば、どうしてもむずかしい面がある。最初のほうはいいし最後もうまくいく。問題はいつもその中間だ。この形式で脚本を書くのは簡単ではない」
『24』シリーズのキモは、現実のアメリカ政治の状況を常に投影して、ストーリーを展開してきたことだ。これまでの6シーズン中のアメリカはまさしくブッシュ政権下のアメリカにほかならなかったし、バラク・オバマが大統領選の有力候補に躍り出るよりひと足早く、ドラマの中では黒人大統領が誕生した。
そして今度は、『24』に史上初の女性大統領が誕生し、ジャック・バウアーも新しく生まれ変わった。オバマ次期大統領の掲げる二つのキャッチフレーズ――「希望」と「変化」――がこの人気シリーズの新しいテーマになるために舞台設定は整ったようにみえる。
新シーズンの『24』は、「これまでと違うもの」を求める今のアメリカ社会のニーズを反映したドラマになりそうだ。
[2008年12月17日号掲載]