最新記事

一線を越えるミサイル実験

イラン動乱の行方

改革派と保守派の対立は
シーア派国家をどう変えるのか

2009.06.26

ニューストピックス

一線を越えるミサイル実験

イランの発射実験は「第5次中東戦争」の幕が開く可能性が

2009年6月26日(金)12時38分
マイケル・ハーシュ(ワシントン支局)

挑発 原油高騰を後ろ盾に強硬路線を強めるアハマディネジャド Ahmed Jadallah-Reuters

 第一次大戦の開戦を描いたバーバラ・タックマンの古典的名著『八月の砲声』(邦訳・筑摩書房)によると、当時の欧州列強の指導者は「瀬戸際になって(自国の武力による威嚇に)肝を冷やし」、破滅的な戦争の入り口から「なんとか後退しようとした」。

 だが戦争へ向かう大きな流れは、すでに後戻り可能な一線を越えていた。もはや指導者たちは「計画された軍事作戦に引きずられ、前へ進む」しかなかった。

 ジョン・F・ケネディ米大統領は1962年のキューバ危機の際、この『八月の砲声』を座右の書にしていたと後に振り返っている。そして翌年春、ケネディは包括的核実験禁止条約の締結を提案した有名な演説で、戦争への一線を越える前にもっと外交的な努力を払うべきだと訴えた。  

 だが、世界は再び後戻り不可能な一線に近づいているのかもしれない。イランの精鋭部隊・革命防衛隊は7月9日、長・中距離ミサイルの発射実験を強行した。どうやらイランには、核開発計画をやめる気はなさそうだ。

 今回のミサイル実験は「ここ数週間、言葉による脅しをかけてきた敵に対し、わが国の決意と力を見せつける」ためのものだと、革命防衛隊のホセイン・サラミ空軍司令官はイラン国営テレビで明言した。「われわれは常に指を引き金にかけているし、ミサイルは発射準備ができている」

当局者は平静を装うが...

 明らかにイスラエルを意識した発言だ。イスラエル軍は最近、イランへの空爆を想定したとみられる軍事演習を実施したばかり。元国防相のシャウル・モファズ副首相は先月初め、イランが核開発をやめなければ攻撃以外に「選択肢はない」と発言した。

 ミサイル発射実験の直後、米議会の公聴会で証言したウィリアム・バーンズ国務次官は、イランは核開発計画の進展を印象づけようとしているが、「実際の進展速度はもっと緩やか」だと発言。事態の沈静化を図った。

 イランはまだウランの濃縮活動を完了させておらず、国連の経済制裁でミサイル技術の入手が困難になっている――バーンズはそう指摘したうえで、外交と経済的圧力を通じてイランの核開発計画を止めるというブッシュ政権の方針をあらためて強調した。

 イランをめぐる軍事的緊張の緩和に尽力してきた国際原子力機関(IAEA)のスポークスマンも先週、「核拡散という点からみて、現在のイランはイスラエルにとっても明確な脅威ではない」と火消しに努めた。イスラエルのマーク・レゲブ報道官もミサイル発射後、「イランとの敵対や紛争は望んでいない」と語っている。

 だが事態の推移をみると、一連の発言は無理やり平静を装っているようにも聞こえる。イランの核開発計画を国家存亡の危機とみなすイスラエルは、もはや辛抱強い外交努力を続ける段階は過ぎたという見方を強めている。

 イランの核問題に詳しい元国連査察官のデービッド・オルブライトによると、イランは1日平均1・2キロの低濃縮ウランを製造しており、09年後半には20~25キロの兵器級高濃縮ウランを確保できる見込みだという。

 アメリカとイスラエルは、どちらもイランの核武装は受け入れられないと明言してきた(イラン側は今も、核開発はあくまで平和利用が目的だと主張している)。だが軍事行動を避けたいアメリカ政府と、イラン攻撃もやむなしという結論に傾きつつあるイスラエルの間には、立場の違いが目立ちはじめたようにみえる。

 率直に言って、武力以外の手段が功を奏するとは考えにくい。たとえばイランの核開発計画の「透明化」をめざすIAEAの交渉は、目立った成果をあげていない。

 IAEAのある高官によれば、イラン側は1年間の話し合いの後も、核弾頭の搭載がねらいとされる長距離ミサイル「シャハブ3」の改良と核開発計画の関係など、「肝心なところ」については言葉を濁したままだという。

最後の希望は直接交渉

 EU(欧州連合)のハビエル・ソラナ共通外交・安全保障上級代表は6月14日、ウラン濃縮停止に対する見返り案を提示したが、イラン側の返答は失望させる内容だった(この案には、イランがウラン濃縮を現状のまま停止すれば、欧米もこれ以上の追加制裁はしないという「凍結対凍結」の提案が含まれていた)。

 ソラナの側近によると、7月11日に届いた返書は間接的にウラン濃縮の凍結に触れているだけで、時間かせぎをねらったとも受け取れるものだった。ソラナは19日、イラン側の交渉担当責任者を務めるサイード・ジャリリ最高安全保障委員会事務局長と会談する予定だが、「(ミサイル発射)実験は会談にいい影響を与えないだろう」と、この側近は言う。

 イラン国内の状況も、戦争回避の期待をいだかせるものではない。イランがらみの危機が悪化するたびに原油価格が急騰する現状は、強硬路線を貫くマフムード・アハマディネジャド大統領の人気を後押しする結果になっている。

 アハマディネジャドは国内世論の大半を味方につけており、09年の大統領選挙で再選される(正確には最高指導者のアリ・ハメネイ師から再任される)可能性が高いと、イラン情勢に詳しい専門家は口をそろえる。

 イスラエルは、中東に自国以外の核保有国が出現することを絶対に認めない。イスラエル政府がこの「大原則」を放棄しないかぎり、戦争は避けられそうにない。早ければアメリカの大統領選が終わる今年秋に、戦闘の火ぶたが切って落とされるかもしれない。

 現時点で開戦を阻止できる可能性がある手段はただ一つ、米政府がイランとの直接交渉に乗り出すことだけだ。イランは以前から、自国の安全保障を脅かす力をもつ強者の代理人(EU諸国)ではなく、強者自身(アメリカ)との交渉を望んできた。

 今こそ、形だけの外交努力に終止符を打たなくてはならない。ジョージ・W・ブッシュ大統領はかつてのケネディのように、決然とした態度でイランに直接交渉を呼びかけ、あらゆる問題を交渉のテーブルに乗せるべきだ。

 さもなければ、世界は「11月の砲声」を耳にすることになるかもしれない。

[2008年7月23日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不

ワールド

アングル:またトランプ氏を過小評価、米世論調査の解

ワールド

アングル:南米の環境保護、アマゾンに集中 砂漠や草

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中