最新記事

世界が尊敬する日本人

国境と文化の壁を越えて輝く
天才・鬼才・異才

2009.04.08

ニューストピックス

押谷仁(WHO感染症地域アドバイザー)

SARSを食い止めた前線指揮官

2009年4月8日(水)18時38分
アレグザンドラ・セノ

 新型肺炎SARSの蔓延を防いだ男----押谷仁(45)は一部でそう呼ばれる。世界で774人の死者を出したSARSを予防する戦いの最前線で、押谷は指揮をとった。

 「押谷は真っ先に感染地域へ乗り込み、状況把握に努めた。その地域で何が起きているか、彼に聞けばわかった」と、SARSに関する著書があるトーマス・エイブラハムは言う。

 肩書はWHO(世界保健機関)西太平洋事務局の感染症地域アドバイザー。平たくいえば、感染症から地球を守る白衣の戦士だ。

 99年の就任以来、中国をはじめ37カ国・地域で感染症の発生監視を指揮してきた。「担当エリアは最も人口が多く、多種類の新興感染症が潜む地域なので、やりがいがある」と、押谷は言う。

「戦友」の死を乗り越えて

 大阪生まれの東京育ち。東北大学に進学して微生物の研究医になり、国際協力機構(JICA)の前身、国際協力事業団の医学専門スタッフとしてザンビアに赴任した。さらに新潟大学医学部で教鞭をとった後、WHOに入った。

 専門はインフルエンザ。WHOで働くにはうってつけだ。専門家は現在、1918年のスペイン風邪に匹敵する危険な新型インフルエンザが東アジアで発生するのではないかと警戒している。スペイン風邪による死者は、世界で数千万人にのぼった。交通機関が発達した今では、感染がもっと急速に広がるおそれがある。

 昨年のSARS発生では、押谷らのチームは世界中がかたずをのんで見守るなか、迅速な対応を迫られた。WHOに危険を知らせる第一報が入ったのは3月。ハノイにいたWHOの医師カルロ・ウルバニが、現地で発生した謎めいた呼吸器疾患について、電話で押谷の意見を求めてきたのだ。

 それから2週間、2人は電子メールを100通以上交換。押谷はハノイに飛んでウルバニと合流し、現地の職員や医師と話し合った。

 その後、状況はさらに悪化。香港、シンガポール、トロントで次々に発生が報告された。さらにウルバニも発病してタイの病院に隔離され、帰らぬ人となった。「私たちも気が気ではなかった。彼と一緒に病院を視察していたから」と、押谷は言う。

 押谷は死の危険を感じながらも、感染の終息まで持ち場を離れず、発生源の追跡と迅速かつ正確な情報提供を続けた。「SARS発生で、世界中の人々がかつてない危険にさらされた」と、香港保健当局の責任者、楊永強は言う。

 「ドクター押谷は卓越したプロ意識と指導力を発揮して、中国本土とベトナムの感染拡大を防ぐために専門的なサポートをしてくれた。彼を通じてWHOから質の高い情報を得られたからこそ、私たちは効率的な対策を打ち出せた。彼は常にとても協力的で、豊富な情報や知識をもっている。理想的な国際協力のパートナーだ」

[2004年10月20日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 6
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 7
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 8
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 9
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 10
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中