最新記事

麻生茂明(グローブデザイナー)

世界が尊敬する日本人

国境と文化の壁を越えて輝く
天才・鬼才・異才

2009.04.08

ニューストピックス

麻生茂明(グローブデザイナー)

ボンズもマダックスもこの「職人」を頼る

2009年4月8日(水)17時25分
コリン・ジョイス(シカゴ)

 大リーグの一流プレーヤーたちと話すときに、言葉の壁を感じたことがないと言えば、嘘になる。しかし麻生茂明(62)は選手と握手を交わすだけで、必要な情報はあらかた手に入れられる。試合用のグローブを見せてもらえば、完璧だ。

 これぞ、麻生が30年を超す経験を通じて磨いてきた技。ウィルソン・スポーティング・グッズ社の開発マネジャーを務める麻生は、アメリカで最も有名なグローブデザイナー。大リーグの選手の約3人に1人、米アマチュア野球界の何万人もの選手がウィルソン社のグローブを使っている。グレッグ・マダックス、バリー・ボンズ、イバン・ロドリゲスなど、麻生に特注でグローブ作りを依頼しているスター選手もいる。

 麻生は、野球のグローブのすべてを知り尽くしている。シカゴの職場で、ポジションごとにグローブの厚さを微妙に変える理由を語り、内野手がゴロをすくい上げやすいように指の部分を短くしたグローブを考案した経緯を語る。

 中南米出身の選手と日本人選手の捕球動作の違いまで実演してみせる。麻生いわく、中南米の選手は素早く送球に移れるように逆シングルで球を捕るが、日本人は捕球し損なってもボールを体に当てて前に落とせるように、ボールの正面に入る。「コンマ1秒の世界だが、こうしたことが大リーグでアウトとセーフを分ける」と、麻生は言う。

 プロの野球選手にとって、グローブはこのうえなく大事な仕事道具。購入したグローブは、3年かけて練習などで手になじませてようやく、「試合用」に昇格させるのが普通。7年間にわたり同じものを使い続ける選手もいる。

選手との深い信頼関係

 「プレーヤーの体の一部」だと、麻生は言う。「自分のグローブを他人に触らせたがらない選手も多い。私がグローブを見せてもらうためには、深い信頼関係を築かなくてはならない」

 麻生は、そうした信頼関係を築くのに成功しているようだ。たとえば、多彩な変化球が武器の「精密機械」ことマダックスの注文は、ボールの握りを打者から隠せるグローブ。といっても、ただ大きいグローブを作ればいいわけではない。重くなりすぎては困るし、捕球の妨げになってもまずい。

 ボンズは、アメリカ人選手にしては珍しく、まっさらの新品ではなく革をなじませた状態でグローブを受け取りたがる。そこで麻生は、職場に用意してある棍棒で数百回グローブをたたいて、ボールがしっかり収まるように「ポケット」の形を整える。その際に、手をけがをすることもある。

 茨城県の取手市出身の麻生は、84年から大リーグの春季キャンプ地を訪れてウィルソンのグローブをデザインしていたが、アメリカに移住したのは99年と遅い。しかし、今や麻生は会社の宝だ。

 同社のウェブサイトでは、その熟練の技を「わが社の独占的財産」と紹介。アマチュア選手から質問を受けつける「アソウに聞こう」というコーナーも設けている。麻生を「超人的な職人」と評する同僚までいる。

 ウィルソンの野球用具部門責任者のジム・ハケットは言う。「驚いたことに、麻生が日本人だということを気にかける選手は一人もいないようだ。スポーツの素晴らしいところは、肌の色や国籍など関係ないこと。選手たちが望んでいるのは、最高のグローブ。そして、麻生ならそれを作れると、選手たちにはわかるのだ」

[2007年10月17日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中