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オバマのアメリカ
チェンジを掲げた大統領は
激震の超大国をどこへ導くのか
オバマという希望、現実という失望
オバマ大統領が誕生したが、過剰な期待を封印しないと幻滅を招くだけ。本誌アフリカ系アメリカ人記者がつづる黒人社会の歓喜と不安
飛行機が空港に着陸した瞬間、私は空気の変化を感じた。アメリカの首都ワシントンは、アフリカ系アメリカ人の住民が多いことから「チョコレートシティー」と呼ばれてきた。しかし、1月20日に行われた史上初のアフリカ系アメリカ人大統領の就任式を目前にした週末、町はチョコレート色のディズニーランドに姿を変えていた。
通りを埋め尽くすのは、興奮を隠せずにいるチョコレート色の笑顔、笑顔、笑顔。寒空の下、老いも若きもうきうきした足取りで街を歩き、バラク・オバマの顔が描かれた土産物を買い求めていた。
「『希望』ってこういうものなのね」と、アフリカ系アメリカ人の一人である私は一緒にいた友人に言った。道端である男性が売っていたTシャツには、ホワイトハウスの写真に「ブラックハウス」という言葉が添えてあった。
2年前に大統領選の有力候補の一人としてバラク・オバマ(とその家族)が全米のスポットライトを浴びて以来、アフリカ系アメリカ人は大いなる希望と落胆することへの不安の間で揺れ動いてきた。「本当に立候補するのか」「民主党の候補者指名を獲得できるのか」「本選挙で共和党候補に勝てるのか」と怯え続けていた。
ある意味では、オバマが大統領になるという事実そのものが、私たちアフリカ系アメリカ人にとっては夢の実現にほかならない。
たとえば、ロサンゼルスの貧しいサウスセントラル地区で生きるアフリカ系アメリカ人の男の子たち。髪をコーンロウにし、射殺されずに18歳まで生きることだけが夢だった少年たちが、いま理髪店でリクエストするのは実直なオバマ風の髪形だ。「ギャングなカレ」が欲しいと言っていた女の子たちは、教室の最前列に座るガリ勉タイプに目を向けはじめた。
1年前には想像もつかなかった大きな変化だ。低所得層のアフリカ系アメリカ人の間では、「希望」や「可能性」という言葉を聞くことすらほとんどなかった。
「人生が変わるかもしれないと思いはじめた」と言うのは、23歳のエリーズ・ライアン。高校を中退し、今はロサンゼルスの低所得者向けの団地で子供2人を育てるシングルマザーだ。「オバマはずっと希望を訴え続けていた。最初は冷めた目で見ていたけれど、オバマと彼の家族を見るうちに、この人なら変えてくれるかもしれないと思うようになった」
選挙戦で発した言葉を通じて、オバマはライアンのような人たちの夢をかき立てた。政治への信頼をとっくの昔になくしていた多くのアフリカ系アメリカ人もその言葉に耳を傾けた。自分たちを公正に扱ったためしのない政治体制をもう一度信じる気になった。
ただし、ときとして希望は生まれるより消え去るほうが早い。「オバマ大統領」がついに誕生した今、私たちは頭を切り替えるべき時期を迎えている。オバマを待ち受けるのは、イラクとアフガニスタンでの戦争と、大恐慌以来の深刻な経済危機。新大統領に自分たちの問題を解決してほしいと、アフリカ系アメリカ人だけでなくあらゆる人種の人たちが期待している。