コラム

2つの「盗撮騒ぎ」があぶり出した、中国で「恨みを買う人」とは?

2023年06月26日(月)13時22分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
盗撮

©2023 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<日本の盗撮犯が中国人であることが判明した際は黙殺されたが、中国の女子大生が盗撮を訴えたら逆にやり玉に挙げられたのはなぜか? 中国人の怒りの矛先について>

「誤解の盗撮には憤るが、本当の盗撮には無関心」

これは近頃、中国のネットで大いに注目された現象である。

「誤解の盗撮」とは何か。先日、四川大学に在籍している女子大生が地下鉄に乗っているとき、隣にいた農民工の中年男性に盗撮されたと勘違いした。

彼女はその場ですぐ警察に通報し、男性の携帯をチェック。証拠はどこにもないのに、女子大生は男性の顔写真をネットにアップして、「事件」をネットで拡散した。

強引なやり方のせいで、かえってその怒りの矛先は女子大生本人に向けられた。ひどい話だ、農民工いじめだと、彼女に怒りの波が激しく押し寄せた。当事者の男性が女子大生のことを許しても、ネット上の怒りはますます炎上し、「退学させよ」という声まで出た。

一方、「本当の盗撮」とは、英BBCによる「痴漢動画を売るサイトの裏を暴く」という最近の報道のことである。BBC記者が1年間をかけた潜入取材で、日本の電車など公的な場所で痴漢盗撮動画を撮影し、中国のサイトで販売する人物が、東京在住の中国人ということが分かった。

しかし、この犯罪は中国国内のネットであまり話題にならず、主要中国メディアはシェアすらしなかった。

国境を越えた犯罪と個人の勘違いのどちらが記事になるべきかは明らかだが、中国メディアやネット世論の矛先は個人の勘違いに向いた。中国人たちは本当の痴漢盗撮犯罪に興味がない? 

そうではないだろう。「見えない手」によって、国威を損なう多国籍犯罪は矮小化させられたのではないか。

とはいえ、操作されたネット世論の中にも庶民の怒りは隠れている。なぜ中国のネット世論の矛先がこんなにも四川の女子大生に向かっているのか。

それは女子大生が「共産党員」「学生幹部」だからだ。普通の中国人にとって、共産党員は社会主義中国における既得権益者だと認識されている。痴漢行為の盗撮犯より、既得権益者のほうが人々の恨みを買う。

このことは、一般中国人にもまだ反権力的な考えがあることを示している。彼らの怒りが本当の権力者に向かうことはないのだが。

ポイント

BBCの報道
BBCが1年を費やし、日本の通勤電車内で痴漢行為を撮影し販売する中国人グループについて取材。黒幕は27歳の中国籍の男で、動画サイトの会員はほとんどが中国人だった。

共産党員
2021年末時点で9671万人。総人口のおよそ14人に1人が党員で、この30年間でほぼ倍増した。中国社会のエリートと位置付けられてきたが、増えすぎたため若手党員の数を抑制している。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story