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バイデンが一般教書演説で見せた、「超党派志向」と再選への野心
凄みがあったのは、警官による暴力の問題です。今年に入って、メンフィスにおける「黒人中心の暴力犯罪対策チーム」が「交通取締りに従わなかった黒人青年タイラ・ニコルス氏を「なぶり殺し」にしたという事件が全米を揺るがせているのですが、その亡くなったニコルス氏の両親を議場に迎えたのです。その上で、「(肌の色が)ブラックとブラウンの家庭では、子供に対して警察に呼び止められたら撃たれないように教育しないといけない」と述べ、この議場にいる多くの人は「そんなことは無縁だと思っている」「痛みを分かっていない」と批判しつつ、具体的な警察改革、特に研修の強化と採用基準の厳格化を強く訴えたのでした。
ニコルス氏の両親はそのバイデンの迫力に感銘を受けたのか、涙を浮かべて拍手をし、そこで議場は異様な雰囲気に包まれました。BLM運動に反発し、警察改革にも反対していたはずの共和党のマッカーシー下院議長も拍手を始め、最後には立ち上がって拍手をしていたのでした。勿論、バイデンが超党派を主張するのは、下院の過半数を共和党に取られている中では仕方のないことです。ですが、今夜の「超党派志向」はそんな党利党略を超えるものがありました。
一番難しいと思われた「民主主義の危機」の部分でも、しっかり演出が仕掛けられていました。トランプ派の男に襲撃されて重傷を負っていたペロシ前下院議長の夫、ポール・ペロシ氏が議場に元気な姿を見せたのです。これはサプライズであり、議場は大きな拍手に包まれる中で、共和党議員団もこれに加わったのでした。
要所要所ではしっかり民主党側の主張を織り込み、「中絶問題で全国レベルの禁止法を可決して持ってきても私は絶対に拒否権を使う」と明言、また、環境問題、製薬業界の問題、銃規制などでは与野党の反応は真っ二つになっていました。結果的に、全体としては、圧倒的に内政問題にフォーカスした「内向き演説」でした。ロシアのウクライナ侵攻も、中国の謎の気球問題もほとんど一言ずつという感じでした。
そんな中で、ふと気がつくと「ドナルド・トランプの影」は議場から一掃されているように感じられたのです。確かにグリーン議員は「ヤジ将軍」でした。ですが、彼女のヤジは、その文脈も併せて、まるで「茶会」が戻ってきたようであり、そこにはQアノンとか、トランプの影は非常に薄くなっていました。更に、ケガの癒えたポール・ペロシ氏に全員が拍手した瞬間には、共和党はほとんど「トランプの影」から脱したように見えたのです。
一番困っているのは民主党?
80分の演説に全力投球した後も、どこにエネルギーが残っていたのか、バイデン大統領は議場に残る議員たちと、延々と歓談を続けていました。これをマッカーシー下院議長は、議長席から穏やかな表情でいつまでも見つめていたのです。勿論、共和党はこれから予算を人質にバイデン政権を揺さぶる計画です。ですが、少なくとも、トランプ時代の「異常な分断」とは全く違う時間が流れていたのでした。
では、この演説、今後の政局にはどんな影響があるのかというと、とりあえず2つのことが指摘できると思います。
党内右派と穏健派の内部抗争を抱えている共和党は、一見すると右派の「ヤジ将軍」が跋扈したりと、まだまだ揺れている印象です。ですが、仮にこの日の議場におけるバイデンの仕掛けによって見えてきた「脱トランプ」が本当なら、2024年の大統領選へ向けて、世代交代を進めることは可能なように見えます。
一方で、恐らく困っているのは民主党の方だと思います。今回の演説の出来が予想外に「良すぎた」ので、今すぐ「バイデン下し」をするのは難しくなりました。バイデンは、この勢いを維持して3月には再選出馬の表明をするかもしれません。そうなると、予備選をやって現職を引きずり下ろすのはかなり難しくなります。
バイデンが再選を目指すとして、仮に共和党が世代交代に成功して若い候補が出てくるようだと、2024年には82歳の直前に投票日を迎えるバイデンは苦しい戦いを強いられるに違いありません。つまり、演説の成功により民主党内の情勢は混迷が深まったと言えると思います。
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