コラム

日本政府はアジア系へのヘイトの連鎖を断ち切る外交を

2021年03月23日(火)14時00分

フィラデルフィアで開催されたアジア系へのヘイトクライムに抗議する集会(3月17日) Rachel Wisniewski-REUTERS

<同盟国だから遠慮するとか、バイデンは悪くないなどの理由で下手に出るのは得策ではない>

アメリカではアジア系をターゲットにしたヘイトクライム(憎悪犯罪)が続く中で、全米で抗議行動が活発化しています。そんななか、ニューヨークでも、西海岸でも、あるいは南部でも日本人や日系人が被害に遭うケースが、断続的に聞こえてきます。私は、1993年以来かれこれ28年アメリカで生活していますが、こんなことは初めてです。

今回の現象ですが、様々な要素が混ざり合っているようです。トランプが新型コロナについて「チャイナ・ウィルス」と言い続けた影響もあるでしょう。また、3月16日にジョージア州のアトランタ周辺で起きた「アジアン・スパ」連続乱射事件に象徴されるように、アジアの女性に対して性的対象として蔑視するムードも原因の1つと思います。

それとは別に、アジア系の勤勉さに対する社会的な嫉妬や嫌悪というものも、長い年月にわたってアメリカ社会の中には埋め込まれています。80年代の日米貿易摩擦と現代の米中通商問題を重ねて、アジア経済への悪感情を持っているグループもあります。これもトランプという人物をその代表としてもいいかもしれません。

この現象は基本的にはアメリカの国内問題ですが、外交として放置はできないと思います。4点指摘したいと思います。

日本政府としてメッセージを

1つは、今回のアメリカにおけるアジア系へのヘイト犯罪の多発に対して、日本としては何らかのメッセージ発信をするのが良いと思います。現在の日本の在外公館は、できるだけ日本人が被害に巻き込まれないように、危険情報をきめ細かく提供しています。頭の下がる思いですが、これ以上この現象が続くようであれば、日本外交として米政府に正式に善処を求める段階になると思います。

元凶は前政権にあるとはいえ、事件の頻度が多すぎる現状に対して申し入れるのであれば、相手は現政権になります。例えば、4月中旬の時点で沈静化の兆候が見えなければ、菅総理は訪米時に何らかの形で遺憾の意を表明すべきと思います。有言実行、権利主張が善というアメリカでは、そのような姿勢を見せることが尊敬を集めます。同盟国だから遠慮するとか、バイデンは悪くないなどの理由で下手に出るのは得策ではありません。

2つ目は、対中国です。現在の日米は、トランプによる同盟軽視を安倍前総理が何とか「被害を最小限に食い止めた」後、バイデン=菅の両政権により同盟関係の修復段階にあります。目的は「2+2」や「アンカレッジ会議」でも明確になったように、中国に対するバランスの確保です。

このバランス確保に動く時期には、時には米中関係、あるいは日中関係が緊張する局面があるかもしれません。そのような場合に、2012年に野田政権が不用意に強行した尖閣国有化に対して、中国で反日的な破壊行為が続いたのと同様の事件が発生することは二度とあってはならないと考えます。

2012年当時は「愛国無罪」などというスローガンが横行したわけですが、「自由な表現はそもそも有罪だが、反日なら許される」という意味不明な運動を胡錦涛=温家宝のような政治のプロが「放置」したのはあってはならないことです。中国に対してそうした兆候があれば、断固として防止してもらわなければ困ります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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