コラム

コロナ対策の最適解を政治が示せない理由

2020年12月15日(火)13時30分

菅首相は観光支援策「Go To トラベル」を今月28日から一斉に停止すると表明した Issei Kato-REUTERS

<国全体の利益という均衡点は、アクセルとブレーキを同時にかけなければ成立しない>

菅義偉首相の支持率が低下しているようです。日本のメディアの報道を見ていますと、新型コロナウイルスの感染が改めて拡大している中で「Go To」キャンペーンを続行したのが理由とされており、政府はキャンペーンの停止を決定しました。

このニュースの受け止め方としては、菅政権が政策を誤った、もう少し穏やかな言い方をすれば「Go To」キャンペーンの「引き際を誤った」ということになります。政治的にはそうかもしれませんが、そもそも「Go To」キャンペーンが当初は東京発着を除外した「トラベル」で開始され、それが拡大していった時期にも、様々な賛否両論がありました。

では、政治的には何が正解なのかというと、おそらく正解は「ない」と思うのです。

まず、感染拡大を極力抑止しようという立場があります。例えば感染症の専門家の観点からは、新型コロナはインフルとは異なり、個々の事例については行動を改めて対策をキチンとすれば予防が可能であり、人命を第一に考えれば、徹底的な対策で早期に収束に持って行きたいと考えるのは自然だと思います。専門家の立場に賛成する世論も同様です。

一方で、経済を優先するという立場があります。感染拡大から10カ月、観光、外食、サービス、運輸、小売といった業界には深刻な影響が出ています。ビジネスにおいて、赤字が連続するということは資金が流出するということで、当座は借り入れや出資を募ってしのぐにしても、低迷の期間が長期化すれば大変です。

特に地銀の体力が問題になっている地方経済においては、この先、多くの企業が破綻して債務不履行が多数発生すれば、金融的に非常に厳しい事態を迎えます。そうなれば、雇用と消費に影響する中で、負のスパイラルが続くことになります。ですから、公的資金を呼び水にして民間の資金の消費が喚起される「Go To」への期待は大きかったわけです。問題は深刻であり、二階派がどうこうというレベルはとっくに過ぎています。

厳しい状況の地方経済

残念ながら、こうした対策派の意見と、経済派の意見はお互いに歩み寄ることは不可能です。だからと言って、アメリカのように「対策派をバイデンが代表」して、「経済派をトランプが代表する」とか、「東と西は対策派」で「真ん中と南は経済派」という形で立場を分け合えば良いのかというと、それも決して上手く行っているわけではなく、むしろ無残な失敗に陥っています。

これに対して、日本の場合は、ちょうど綱引きの綱を両方から引っ張るように、対策派と経済派が「同じ綱を両側から引っ張る」ことで、「結果的に均衡する」という結果になっています。こうした観点からは、今回の「Go To」中止は、綱が一方に動きすぎたので戻したということになります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story