コラム

脱ダム政策への賛否が問題ではない 球磨川治水議論への3つの疑問

2020年07月14日(火)16時00分

人吉では球磨川は水資源でもあり、観光資源でもある Kim Kyung Hoon-REUTERS

<2000年代の「脱ダム」議論はコストだけが問題視されたのではない>

今回の熊本・人吉の水害に関しては胸の潰れる思いがしました。以前、親の実家が人吉という知人に聞かされたことがあるのですが、この地域の人々は「日本三大急流」の1つとして球磨川を誇りにしています。川下りなどの観光資源、透明度の高い水質の清流、鮎などの水産資源などを大切にしつつ、とにかく川とともに生きるというのが、この地方のライフスタイルであり、その川が「暴れてしまった」中での悲劇には言葉もありません。

流域で50人以上の死者を出したなかで、あらためて治水問題が真剣に議論され始めたのは当然と思います。ですが、脱ダム政策への賛否を中心とした現在の議論の延長に解決策があると思えません。少なくとも3つの疑問が残るからです。

疑問の第1は治水政策に対して述べた、蒲島知事の反省の弁です。今回の被害を受けて、知事は「ダムによらない治水を目指してきたが、費用が多額でできなかった。非常に悔やまれる」と述べています。正直な発言と思いますが、この発言は簡単に受け止めることはできません。

何故ならば、2000年代に議論された「脱ダム」という一種の政治運動は、全国的な「ハコモノ行政」見直しの機運の中で起きたものであり、少なくとも中長期の財政規律への危機感などに支えられていたからです。それにもかかわらず、この球磨川に関しては、ダム建設が高価だから反対論が優勢となって知事も断念したのではなく、むしろ「脱ダム」の方が高価だというのは意外感があります。少なくとも、民主党(当時)などが主張していた「脱ダム」政策との整合性はあらためて問われるべきでしょう。

球磨川は「資源」

疑問の第2は、仮に極めて高価であっても「脱ダム」を選択したというのは、何故かという点です。それは地域エゴとか利権誘導ではないと思います。冒頭に述べたように流域の人々が、球磨川の流れに特別な思いを抱いていたこと、例えば鮎という水産資源を大切にしていたことなどが背景にあり、それが「高価であってもダムではない方策で治水を」という判断になったのだと思います。

今回の被災で急速に「川辺川ダム建設構想」が浮上しているのは事実です。ですが、流域住民の意思として「清流への愛着」があり、それが一旦はダム以外の対策を選択することとなった事実は重いと思います。そこを無視して、被災したのだからダム派が巻き返せば政治的勢いにできるというのは、短絡的に感じます。

<関連記事:日本の災害で、早めの避難指示を妨げるもの

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中協議で香港民主活動家を取り上げ、トランプ氏が示

ワールド

パキスタン、インドの無人機25機撃墜 印もパキスタ

ワールド

ラホールの米総領事館、職員に避難指示 印パ双方が攻

ワールド

ロシア「3日間停戦」宣言発効、ウクライナ北部や東部
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 9
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 10
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story