コラム

キューバ大使宿泊拒否に見る、日米国家主権の問題

2018年11月15日(木)17時30分

問題が起きた現場は福岡の代表的な高級ホテル gyro-iStock.

<日本国内で営業するホテルは日本の法律に従うのが当然で、米国本社、米政府への「ソンタク」でキューバ大使の宿泊を拒否したとしたら、それは主権問題>

キューバと日本は戦前から国交があり、1959年の革命によって共産主義陣営になった際にも、国交断絶はしていません。この時代の日本は、厳しい東西冷戦の当事者でしたが、地政学上全く別の地域に属するキューバとは利害関係はなかったこと、また、日本から見たキューバとの関係は、東側の国というよりも、第三世界の代表の1つという意味合いもあったことから、良好な関係が続きました。

野球やバレーボールなどスポーツの交流も盛んですし、キューバ音楽に関しては日本には熱狂的なファンが多く、長年にわたってキューバの音楽家による日本公演は人気を博してきました。また日本からキューバへの観光ツアーなどは途切れることなく続いています。

そのキューバの、他でもないカルロス・M・ペレイラ駐日大使が10月に、福岡のホテル「ヒルトン福岡シーホーク」で宿泊拒否にあっていたことが判明しました。ホテル側は近年のアメリカによる対キューバ制裁を理由に、「米国政府の方針に反する行為は控えた」と釈明しているそうです。報道によれば、この行為は旅館業法違反に当たるそうで、福岡市はホテルに対して行政指導を行ったそうです。

アメリカとキューバの関係ですが、2014年から15年にかけて当時のオバマ政権が、関係改善へと動き、正式に国交を樹立するとともに、大使交換を行い、また商用の直行便が行き来するようになりました。ところが、2017年に発足したトランプ政権は、国交断絶まではいたらなかったものの、キューバに対する経済制裁を発動して「オバマ路線のちゃぶ台返し」を実行しています。

今回の事件は、この「トランプによる経済制裁」の内容にある、「米国企業によるキューバの政府関係者との取引禁止条項」を念頭に、ホテル側が米国本部の立場を「ソンタク」したものと思われます。しかしこれは深刻な問題です。国家主権に関わる問題だからです。

日本国内におけるホテルの営業は、純粋に日本の経済行為です。日本法よって規制を受けることで、日本の国益を毀損する行為は禁じられています。このホテルも例外ではありません。それ以前の問題として、このホテルの場合は、地域の開発には国と福岡県が深く関わっていますし、現在の所有権は日本とシンガポールの資本が入っているはずです。米系ホテルといっても、あくまで「管理とマーケティングを米国の会社に委託」しているだけです。

それにもかかわらず、まるでアメリカの租界のような意識で、現場が動いていたのでしょうか。日本ヒルトンという会社は、その昔は副島有年氏という豪傑肌の大蔵省OBが会長をしていました。副島氏には個人的に何度か教えを請いに行ったことがあります。「海外駐在員は重役を空港に迎えに行ってはいけない、重役を甘やかすのは君達の仕事ではない」など気骨のあるアドバイスは記憶に残っています。副島氏が現役であればこのような卑屈な判断はしなかったのではないかと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story