コラム

安倍政権の攻めの対米外交は自主防衛拡大への布石なのか?

2016年12月08日(木)15時45分

 自分の国は自分で守るというのは当然であり、在日米軍という不自然な駐留が軽減されるのは自然なことです。ですが、そうは簡単には行かない問題があるのです。4つ指摘しておきたいと思います。

 1つは、自主防衛推進の動きに、第2次大戦の歴史観を修正する意図が重なっていることです。これは「在日米軍というビンのフタ」がある間は、絶対的な一国平和主義と一緒に、その「ビンの中」に閉じ込められたガラパゴス現象であり、国際社会にとっては基本的に人畜無害とみなされていました。

 ですが、その「ビンのフタ」が外れてしまうと、日本の歴史修正主義というのは日本の軍事力と重なって、中国の世論と軍事力と直接向かい合うことになります。そこで政治的・軍事的なバランス・オブ・パワーを確保するというのは、膨大なコストを要求する危険性を感じます。

 2つ目には、日本と中国に取って「今」そうした「軍事外交バランスの取り直し」をしている余裕はないということです。日本の場合は、経済の空洞化が加速する中で、国内の生産性を向上するための改革が急がれています。中国の場合は、過剰設備のリストラと同時に格差の是正や高付加価値産業へのシフトを「痛み」を伴いつつ実施しなくてはなりません。両国共に、さらなる軍拡などしている余裕はないはずです。

【参考記事】「トランプとプーチンとポピュリストの枢軸」が来年、EUを殺す

 3つ目には、朝鮮半島の問題があります。北には不安定な独裁政権があり、南では経済低迷の中で民主主義が不安定化しています。そんな中で、米軍の重しを外すというのは、危険極まりません。この地域に関しては、今は枠組みを転換するタイミングではないと思います。

 4つ目には、日本の財界には軍需で国内の製造業を蘇生させるという思惑があると思います。ですが、軍需というのは究極の官需であることを考えると、「世界の消費者市場」が分からなくなった日本の経済界を、「競争力を失うまで甘やかす」ことに他ならないわけです。しかも財源には大きな制約のある中では、真水でどこまでの効果があるかも疑問です。

 そんなわけで、現時点での「自主防衛シフト」というのは、決して最善手ではないように思います。今回ばかりは、私の懸念がハズレであることを祈るばかりです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:保護政策で生産力と競争力低下、ブラジル自

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 7
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 8
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 9
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 10
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story