コラム

アレッポにもモスルにも、ほとんど関心がない米世論

2016年11月04日(金)16時00分

 つまり、ロシア政府としては、アレッポに残存している反政府勢力への攻撃は基本的に止めないとしているのです。その一方で、ロシアはトルコとの間で軍事的な協議を続けています。

 まず、ロシアのゲラシモフ軍参謀総長は9月15日、トルコの首都アンカラを訪問してアカル軍参謀総長と会談しています。両軍の参謀総長の会談は11年ぶりだというのですが、その2週間後の今月1日、2人は今度はモスクワで再度会談しているのです。

 どうしてこの両名が頻繁に協議を重ねているかというと、様々な報道を総合するとアレッポ情勢についての詳細を詰めているようです。現時点では、シリアをめぐるロシアとトルコの立場には差があります。

 まずロシアは「アサド政権支持」であり、したがって「穏健な反政府軍」にも「アルカイダ系(シャーム・ファトフ戦線)」にも敵対しています。ISとも敵対していますが、敵視する優先順位はISが最優先ではなく、あくまでアサド政権に敵対してくる反政府勢力(穏健派+シャーム・ファトフ戦線)です。

【参考記事】トランプ「第3次世界大戦」発言の深層にあるもの

 一方のトルコのシリア政策は、両国の国境地帯におけるクルド系の勢力拡大を抑制するのが最優先になっています。ですから、アレッポにおける政府系と反政府系の対立も、そしてISとの戦いにもそれほど熱心ではありませんでした。それ以前の話として、トルコはシリアのアサド政権との関係は悪かったですし、何よりもNATO加盟国であるトルコは、アメリカに基地使用を認めさせて米欧の対中東、対ロシアの戦略的な拠点になっていたはずでした。

 大変に大きな「差」であるわけですが、ここ数カ月、トルコとロシアは急速に接近しています。では、こうした違いについて、一気に矛盾を解消して、一気にトルコがロシアの同盟側に行ってしまうのでしょうか?

 そこまで極端なことはないと思います。今回の協議では、それぞれの立場の相違点は認めつつ、お互いの利害が一致する部分については、お互いが協力するという非常に細かな作戦協定のようなものを模索しているものと見られます。

 一方、アメリカのオバマ政権は、相変わらず「曖昧な政策」を続け、米世論は中東地域への関心を失っています。オバマ政権は、アレッポでは「反政府軍を応援」し、「人道危機への対処を訴え」てはいます。ですが、善玉と悪玉の峻別ができないことが、直接介入できないことの口実になる一方で、ロシアに空爆の口実を与えています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECBの緩和政策、まだ終わっていない=エルダーソン

ワールド

ヘッジファンド、過去55年間で手数料収入1.8兆ド

ビジネス

機械受注11月は前月比3.4%増、判断「持ち直しの

ビジネス

オリックス、再エネの持ち分法適用会社を売却 次世代
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 7
    メーガン妃とヘンリー王子の「山火事見物」に大ブー…
  • 8
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 9
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 10
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story