コラム

米軍の南シナ海の哨戒活動は、なぜこのタイミングで始まったのか

2015年10月29日(木)16時10分

 また「一国主義的」な共和党には「他国の人権」への関心は極めて希薄ということもあり、例えば「オバマ路線の否定」だとして、対中国の関係改善に動く可能性は否定できません。

 そんな中、今週28日には第3回の共和党の大統領候補によるテレビ討論が、経済専門局のCNBC主催で行われます。そこで経済問題の論戦が行われるのであれば、対中政策に関する議論は不可避であり、その前にこうした行動でプレッシャーをかけたという考え方ができます。

 一方の与党・民主党ですが、22日の「ベンガジ喚問」をクリアしたヒラリー・クリントン候補は一気に勢いを盛り返し、一部の世論調査では支持率を50%以上としています。バイデン副大統領の出馬もなくなった現在、大統領のイスに大きく近づいたことは否定できません。

 そのヒラリーですが、95年に国連女性会議のために訪中した際に「会議場では人権が議論されているのに、会場を一歩出ると人権問題の議論が禁止されている」という社会への「根本的な疑問」を感じたとして、以降は中国の共産党政権に対する厳しい姿勢で一貫しています。

 今回の哨戒活動の「根本思想」と言える「航行の自由」という考え方は、ヒラリー自身が国務長官として、2010年7月にベトナムのハノイで行われた「ASEAN地域フォーラム」で「ブチ上げた」ものに他なりません。

 そんなわけで、ヒラリーは中国から見れば「宿敵」なのですが、では現在はどうかというと、さすがに大統領を目指す以上は「中国キラー」の看板をつけて回ることは避けたいわけです。例えば、10月13日のテレビ討論で、ジム・ウェッブ上院議員(元海軍長官)が「米国の最大の課題は中国の脅威」だと述べた際にも、その議論にヒラリーは乗りませんでした。中国警戒発言を「封印」している気配があります。

 発言の封印だけならいいのですが、オバマ政権として、それこそ国務長官時代のヒラリーも協力して作り上げたTPPに関して、労組票を意識して(あるいは当面の敵のサンダース候補を意識して)はっきりと反対に回っている、これはオバマとしては困ります。環太平洋に開かれた貿易ルールを普及させ、中国もそのルールに従うよう導くという構想を否定するということになるからです。

 今回の哨戒活動の10月27日というタイミングは、外交日程を考慮して、そして11月に入ると「残り1年を切ってしまう」米大統領選を意識した上での決定だとも考えられ、かなり緻密に計算されたものだと言えます。

 ちなみにアメリカの世論は、このニュースには強く反応していません。ニュースでの扱いも限定的で、あくまで冷静な対応をしています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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