コラム

米中間選挙の隠れた争点は「格差是正」

2014年11月11日(火)11時38分

 この投票行動をどう見たらいいのか、まず一つあるのは「多くのアメリカ人にとって最低賃金は他人事ではない」のです。90年代まで、あるいは2000年代の半ばまでであれば、家族や友人の多くがフルタイムで働き、例えば5万ドル前後以上の年収を得ていた人は相当数いたと思います。つまり、自分の身の回りに「最低賃金を意識するような人は少ない」という層が相当数いたということです。

 ですが2008年のリーマンショック以降は、自分の家族や周囲の中に「量販店や外食などで最低賃金に近い水準で働いている」人がいるとか、見聞きすることが増えたのです。つまり多くのアメリカ人にとって今や「最低賃金は他人事ではない」という感覚があります。

 では、どうして「格差」や「最低賃金に近い水準でしか雇用がないこと」が問題なのに、有権者は共和党を勝たせたのでしょうか?

 それは言ってみれば消去法的な選択です。有権者は「格差是正に熱心なのは民主党」であることは知っています。ですがその民主の、特にオバマ政権は「税金を投入して格差是正を試みても結果的に上手くいっていない」、そのことを問題にしているのです。

 例えば、リーマンショック直後の景気刺激策で、オバマ政権は巨額な税金を投入して、橋や道路の架け替え、学校施設の改善に取り組んだわけです。ですが、そうした投資は建設業などで一過性の雇用は生んだものの、その後のアメリカ社会における雇用の創出や格差の改善には結びつきませんでした。

 また2008~09年の金融危機に際しては、アメリカの金融システムを守るために銀行に公的資金が注入されました。それは必要だったかもしれませんが、少なくとも格差社会において相当な高給を受け取っている金融街の人々が、税金で救済されることには、世論は抵抗がありました。

 このように、民主党のオバマによる「格差是正策」は必ずしも効果を挙げているわけではない、つまり民主党には実行力がないと思われているのです。その結果として中間層は棄権、もしくは「変化を期待して」共和党に投票したというわけです。少なくとも共和党の上院議員や知事であれば税金の無駄使いは抑えてくれるだろう、そのような期待もあったでしょう。

 今回の選挙において「格差」はやはり潜在的な争点としてあったと思います。その改善への思いは、多くの州で最低賃金の大幅アップを住民投票で決定するという投票行動に繋がっています。その一方で、政府が税金を投入して格差是正を行うことには効果が疑問だという考えから、むしろ小さな政府論の共和党に票が入ったのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防

ワールド

アングル:トランプ氏のカナダ併合発言は「陽動作戦」
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story