コラム

日本経済の競争力回復のために「労働時間規制」は強化するべき

2014年05月08日(木)11時28分

(5)「電子と紙」
 電子化しても署名捺印した原本の紙を残さなくてはいけないとか、電子署名が普及しておらず、電子化しても一旦印刷してサインしてスキャンするとか、効率化が遅れています。いわゆるコンプライアンスの普及についても「本質的な規範を普及させて深刻なエラーを排除する」のではなく「書類を中心とした形式的な管理」を強化する方向になっているのも問題です。

(6)「日本式と国際標準」
 英語がビジネスの公用語になっていないだけでなく、会計制度、契約の概念、許認可、諸規制、上場基準、情報開示など、何もかもが独自ルールになっています。従って国際的な企業は「日本向け」の対応を余儀なくされ、二度手間、三度手間になってしまいます。

(7)「見える化」
 何でも「目で見て」理解する習慣が強いのが日本のビジネスカルチャーです。話を聞いただけで納得することもしないし、言葉だけで人や組織を納得させることができるとも思っていないのです。結果として社内向けにも社外向けにも膨大な書類や、凝ったパワポ資料などが横行して、その作成と修正に膨大な時間がかかるわけです。

(8)「不透明性」
 法律や会計基準、税制、労働法制など社会的なルールに抵触する「スレスレのグレーゾーンで」仕事をする――日本のビジネスカルチャーにはまだまだこうした風土が残っています。そのために決算のたびに「例外対応」や「オモテとウラの使い分け」をしなくてはならないし、あくまで内部で処理しようとすると当然のことながら標準化できない、そうした仕事のやり方がどの業界にもあるわけです。これも長時間労働の大きな要因だと思います。

 1990年以降の日本経済は、こうした「非効率な仕事のやり方」を変えることなく、グローバル化に対応し、コンプライアンスという名のもとに形式主義を強化し、そのくせ要員は削減してきたわけです。OA化も二度手間ばかりで、本当の業務効率は向上していません。多くの職場で長時間労働が恒常化しているのはこのためです。今こそ、仕事のやり方を見直す時期です。

 1993年にサムスンの李健熙(イ・ゴンヒ)会長は「新経営方針」を打ち出し、以降の同社は世界のエレクトロニクス産業における頂点に上り詰めるわけですが、その方針を受けたソウルの本社では「就業時間は午後4時まで」として「以降残って残業しているものは無能」だとして徹底的に生産性を要求していたことが思い起こされます。

 また現在、アメリカで上場申請されて大きな話題になっている中国のアリババ・グループ(正確には持ち株会社の上場申請)は、巨大な中国の中小企業群に対して「小回りの利く "B to B" のウェブ通販サービス」を提供して巨大化すると共に、中国の中小企業群の生産性向上に大変な貢献をしています。ですが、日本の場合は、今でも "B to B" では対面型販売が主流であるわけです。これでは、社会全体の競争力は勝負になりません。

 とにかく現在の日本経済は「仕事のやり方」という意味で世界から周回遅れになっています。ここで「イノベーション」ができるかどうかが、これからの日本経済が生き残っていけるかどうかの瀬戸際だと思います。そのためにも、労働時間規制は強化するべきであり、緩和は論外だと考えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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