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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
「シリア危機」における「米ロ合意」、今後はどう展開していくのか?
13日の金曜日の時点では、ジュネーブでの対ロシア交渉に参加していたジョン・ケリー国務長官は「ロシアとの第一回交渉は順調だった」が、一旦これで区切りとするような声明を出していました。ですが、翌日の14日の土曜日には、ケリー長官はまだジュネーブにいたのです。それどころか、ロシアのラブロフ外相と共同記者会見を行って「合意が成立した」と述べ、TVでは握手のシーンまで流れたのです。
サプライズの演出としては見事でしたが、事態が余りにも急展開したことで評価はバラバラです。とりあえず、この合意に至る過程を簡単に再確認しておくと、
(1)8月29日の英国議会の「攻撃案否決」とキャメロン首相の「この決議に従う」という発言を受けて、オバマも「対シリア軍事行動に関しては議会の意向を聞く」と言ったものの、9月7日(土)から8日(日)にかけては、議会での議決はほぼ絶望的な状況に。
(2)それでも予定されていた10日(火)には、オバマは全米に向けてTVで演説。内容は「ロシアと交渉中。ここまでは軍事力行使を示唆しての圧力が奏功している。事態が流動的なので議会審議は待って貰いたい」という「中途半端」なもの。尚、演説の中で「米国はもう世界の警察官ではない」という発言も。
(3)これに対して(?)、11日のニューヨーク・タイムスには、プーチンが寄稿して「アメリカが自由と民主主義の守護者として特別な国として振る舞うのは不遜」であるとしてアメリカを非難。また「国連創設の精神に戻って安保理は『コンセンサスによる平和』を実現すべき」と主張。
(4)12日よりジュネーブにて、米ロ外相協議。14日には「シリアの化学兵器禁止条約加盟、シリア国内の化学兵器は国際管理に移行」という方針で合意。
という流れで来ています。この合意ですが、とりあえず、オバマに近い民主党支持者からは「歓迎」のニュアンスで受け止められているようです。例えば、次期大統領選における民主党の(現時点での)最有力候補である、ヒラリー・クリントンはこの「米ロ合意」を支持するとしています。
基本的に、アメリカの民主党は共和党よりもずっと「国連」には親近感を持っています。例えば、ブッシュ父による湾岸戦争以来、紛争解決に関するアメリカの軍事行動に関しては「多国籍軍や有志連合」の枠組みとなっていたわけです。国連ではなくアメリカが「世界の警察官」という役割を担ってきた、この「国連軽視主義」に対しては、民主党はホンネの部分では懐疑的でした。
今回、「敵対していた」プーチンの提言に乗った形というのは、確かに格好が悪いものの「国連の枠組みでシリア問題がコンセンサスで処理」できれば「それに越したことはない」、民主党的なカルチャーからするとそうした反応になるようです。
民主党でも左派になると、一時は緊迫していた「軍事的介入」には「反戦」の立場から反対していたわけです。「オバマは支持したいが、新しい戦争はイヤだ」というわけですが、このグループも、今回の「外交的解決の可能性」は歓迎しています。
一方で、共和党のベテラン、特にこの間「軍事タカ派」的に振舞っているマケイン、グラハム(いずれも上院)といった議員たちは「軟弱外交」だとして激怒しています。「ロシアを信用することはできない」あるいは「そもそもシリアが約束を履行する保証がない」ということでカンカンです。
では、例えばマケイン、グラハムの代案はというと「空爆だけで脅すのがそもそもアメリカとして弱みを見せている」のであり、「反政府勢力の中の信用できるグループに武器供与を行って地上戦闘も支援」することで「アサド政権の転覆を目指す」というものです。またロシアとの外交による解決には極めて懐疑的です。
一方で、シリアへの介入そのものに強く反対していた共和党若手のランド・ポール上院議員は「外交的解決に向かうのは結構なことだが、オバマの言うように空爆をチラつかせて脅したから外交が進んだのではなく、我々が終始軍事行動に反対したことが今回の外交的前進につながった」と述べています。マケイン、グラハムのような「長老」とはあくまで一線を画した見方と言えます。
そんなわけで、現時点でのアメリカの国内世論は、この「オバマ=プーチン合意」に対しては様々な見方に割れています。ですが、色々な意見が飛び交っている中で、興味深いのは何はともあれ「結果オーライ」だという考え方です。
ワシントン・ポストのベテラン記者である、ボブ・ウッドワードは15日(日)のNBCの政治討論番組『ミート・ザ・プレス』に出演して「要は結果ですよ」と述べていました。「相当に偶然性が作用したようだが、結果的にこの危機は沈静化しつつあるわけで、その結果は評価できる」というのです。世論の平均値はもしかしたら、そんなところにあるのかもしれません。
ちなみに、今後のこの問題ですが、まだ何も解決したわけではありません。問題の解決にはいくつものハードルがあります。中でも、「50カ所に分散しているという化学兵器をどう移送もしくは処分するのか?」「化学兵器を製造保有したということを事実上告白した形のアサド政権は崩壊するのか? その受け皿は?」という2つの点については「不透明」以外の何物でもありません。
アメリカでも共和党筋をはじめとして、こうした問題への懸念の声は大きいのですが、オバマとしては「大きく時間を稼いだ」のは事実だと思います。現在の「100%上手くいくか分からないが、米ロの合意に基づいて、シリアが少なくとも化学兵器の継続保有や再度の使用は自制する可能性が出てきた」というのは、とりあえず現時点での成果として見ることは可能だからです。
週明けのアメリカは、まずFRB議長人事の問題でロレンス・サマーズ氏が辞退したことで、「急速な金融引締めはなさそう」という感触が広がるなど、既にシリア危機はトップニュースではなくなっています。日本の台風18号と同様に、コロラド州での大規模な洪水のニュースも大きく伝えられています。また16日(月)の午後には、ワシントンDCの海軍施設内で銃撃事件があったりして、世論の関心は急速に「シリア問題」から離れつつあります。
この問題の日本への影響ですが、長い目で見れば仮にアメリカが「有志連合方式」ではなく「国連の場におけるコンセンサス主義」に移行していくのであれば、日米関係にも影響が出てくると思います。というのは、この間「国連決議が取れずに有志連合の枠組み」しか構築できない中で、アメリカは「世界の警察官として行動」し、日本はそのアメリカの活動に対して、自衛隊による後方支援などを行ってきたわけです。
こうした「有志連合の中での日米同盟」は、国内世論の分裂による政治の不安定化を招いていたわけで、それが正常な方向に向かうというのは悪いことではないと思います。それよりも何よりも、今回の米ロ合意で「ソチ五輪の成功」の可能性は高まったわけで、これは2020年の東京五輪を成功させるためにはプラス要因であると考えられます。
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