コラム

教育改革論議、最先端の人材を育てる視点はあるのか?

2013年06月13日(木)14時55分

 教育改革という言葉が叫ばれて久しいわけですが、ここへ来て「様々な方向性」が入り乱れてきたように思います。

 まず、安倍政権の側はどうでしょう? 5月28日に「教育再生実行会議」が発表した「提言」にあるように、大学教育に「徹底した国際化を断行」し、そのために「高大接続」つまり高校以下の教育と大学教育の接続を見直すとともに「初等中等教育段階から」の教育のグローバル化を進めるとしています。

 具体的な方法論としては、外国人教員の招聘とか、世界のトップクラスの大学から「教育ユニット」の丸ごと誘致、あるいは「スーパーグローバル大学」を作って「今後10年間で世界ランキングトップ100に10校以上をランクイン」させるのだと豪語しています。簡単にいえば、「外国人租界」を作って「アイビーリーグ校の東京キャンパス」を誘致するとか、とにかく「上からの国際化」構想とでも言える話です。

 これに対して、同じ保守でも、例えば「大阪維新の会」の志向している教育改革はニュアンスが異なります。今回大阪府の教育長に就任した中原徹氏は、米国中部の名門であるミシガン大学を卒業して西海岸の大規模な弁護士事務所でパートナーを務めた後に帰国、民間人校長として現場を経験した後に教育長になった人です。

 その中原氏が元ジャーナリストの横浜市議、伊藤大貴氏との共著として出版した『学校を変えれば日本は変わる 強い国・日本は公立改革で生み出す』(阪急コミュニケーションズ刊)を読んだのですが、英語教育の改革と合わせて、子どもたちの基礎能力の訓練を重視するなど、安倍政権の「教育租界構想」よりはずっと地に足がついた内容でした。

 勿論、中原氏の場合は政治的な立場上「左派とのイデオロギー対決を続ける」という制約から自由ではありません。ですが、その点を別にすれば、何よりも「公立校の質を高める」ことで富裕層以外の子どもたちの「底上げ」を志向しているということは、志として評価して良いと思います。

 一方で、こうした「保守派的な教育改革」に反対する勢力ですが、とにかく「効率」や「競争」に反対するという形でイデオロギー的な反発を続けているわけです。中には「理想主義を次世代に継承したい」とか「自主的な思考力を養いたい」という「筋だけは通っている」人もいるのだと思いますが、不利な状況になっているのは間違いないでしょう。

 競争の導入や基礎能力の底上げに反対し、更には経済合理性やグローバルな世界への対応を忌避する一方で、「自分たちの既得権益だけは守っているではないか」というような批判を受けては、社会的な説得力は持ちようがないからです。

 以上の「(1)外国勢力頼みの上からの高等教育改革」「(2)とりあえず実力主義を導入して英語をマジメに教え、公立校も底上げという改革」「(3)競争にも国際化にも反対で既得権益固守と言われるが、個性や思考力は重視」という3つの「選択肢?」を並べてみると、どれも「帯に短しタスキに長し」という感じです。

 この「3つの選択肢」ですが、もしかしたら「選択肢」という形で議論が続くのではないかもしれません。というのは、このまま放置すると「小学校までは(3)の自主性重視、思春期は(2)の訓練重視、大学以上は(1)のアメリカ流」という「順番セット」になって行きそうな雲行きを感じます。

 仮にそうだとして、そのまま進めていいのでしょうか?

 例えば、「基礎医学研究者」「眼科の臨床医」「医薬品ベンチャーの起業家」という3つの領域で最先端を極めた窪田良氏が最近書かれた『極めるひとほどあきっぽい』(日経BP社刊)という自伝的なエッセイを読むと、「ちょっと待てよ」と思うのです。

 窪田氏は、研究者としては緑内障の原因遺伝子「ミオシリン」を発見したかと思うと、眼科医としては凄腕の執刀医として有名になり、またベンチャー起業家に転じた後は、全世界に1億人以上の患者がいると言われる失明の危険のある「加齢黄斑変性」の治療薬を開発、現在は臨床試験の最終段階まで漕ぎ着けているという大変な方です。

 その窪田氏の本を読むと、氏の持っている幅広い好奇心と、世界の人を失明から救いたいという強いモチベーション、そしてロジカルで柔軟な発想法の背景にはやはり「教育」があることを痛感させられます。

 窪田氏によれば、まず小学生時代には、アメリカで初等教育を受ける中で、格差を抱えた厳しい環境に鍛えられると同時に「マイナスかけるマイナスはどうしてプラスになるのか?」といった思考プロセスの訓練を受けたことがとても役に立ったというのです。

 これに「のびのびと自分のモチベーションを高めていった思春期」が続き、更には日本の大学、大学院で緻密で徹底的な研究姿勢を学んだことも、役立っているといいます。特に、大学の研究室で、それこそ試験管の洗浄や細胞の培養を粘り強く続けたことが、やがて「遺伝子をしらみつぶしに調べる」研究姿勢の土台を作ったのだそうです。

 詳しくは窪田氏の著書を見ていただきたいのですが、非常に簡単にまとめると、窪田氏の場合は「アメリカのメソッドで抽象的な思考法を学んだ少年時代」「モチベーションをのびのびと鍛えた思春期」「日本式の徹底した訓練を受けた大学・大学院」という「受けた教育のメリハリ」に成功の背景を辿ることができると言えるでしょう。

 そう考えると「初等教育はのびのび」「思春期には英語と学力の厳しい競争」「大学はアメリカ式で」などという今の日本の「教育改革」の方向性が最先端の人材を育てる上で効果があるのかどうか疑問に思えてきます。

 いずれにしても、教育改革の方向性に関しては「教組の頑迷を叩き、教委の無責任を叩く」だけで、何かを言ったことになるという時期はとっくに過ぎたと思います。

 教育の方向性を最先端の技術や文明に貢献できる人材育成に置き、そのために抽象的な思考力と必要な基礎能力を鍛える仕掛けに加えて、個々のモチベーションを刺激するような指導者を配する仕組みが必要です。更には優秀層だけでなく若い人の全体の基礎能力が「現代社会で役に立つ」方向で底上げされ、その全体が国力の維持に貢献する、そのための地に足の着いた議論が必要と思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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