コラム

政治家の「外遊中の失言」はどうして「マズイ」のか?

2013年05月07日(火)10時28分

 少し以前の話になりますが、猪瀬直樹東京都知事の「イスラム世界はケンカばかり」という失言には驚かされました。同時に、先週に飛び出した麻生太郎副総理兼財務相の「中国とスムーズに行った歴史はない」という発言も、同じように「行き当たりばったり」と言わざるを得ません。

 麻生発言に関しては、もしかしたら「中国の反応を試す」という外交上の目的があった可能性も数パーセントあるのかもしれませんが、仮にそうであっても「1500年間の日中関係がずっとダメだった」というのは、トンデモ発言であることには変わりはありません。

 それにしても、どうして政治家が「外遊」するとこの種の失言が起きてしまうのでしょう? またどうして、この種の発言は「マズイ」のでしょう?

 どうしてマズイのかということでは、それぞれに理由は明らかです。猪瀬発言に関しては後日に安倍首相の「フォロー」が必要になるほどに「東京五輪招致」における対外的イメージを低下させたとか、麻生発言に関しては「関係改善」が模索されている日中関係に改めて水をさす危険がある、表面的にはそうした問題があるわけです。

 また、こうした「連休中の外遊」が失言を誘発するということに関しては、日本国内が休日モードになっている延長で「外に遊びに行く」つまり「切羽詰まった具体的な目的」もないままに、公費を使って外国に言って喋りまくるという「気分の軽さ」に問題があるのかもしれません。

 ですが、問題はもう少し深いところにあるように思われます。この種の失言が、どうして誘発されるのかということは、実はこうした発言がどうして「問題」なのかということを批判することと、実は同じことだと思うのです。

 2つ指摘しておきたいと思います。

 1つは、グローバルな世界におけるコミュニケーションというものは、「良い人コンテスト」なのだという認識が足りないということです。これは別にそんなに複雑なことではなく、とりあえず「どんなに複雑な内容も理念的な正当性を前提として構成して伝えるしかない」ということです。

 例えばグローバルな世界における商談にしても、個人的な交際にしても、国境を越えた状況で「異文化」が絡む際には「お互いに良い人であることを競い合う」「まずは誰にも批判されないような立派なことを言う」という態度がまず必要となるわけです。それは、グローバルな空間が「貴族的で偽善的な文化に染まっている」からではありません。文化や価値観が異なる中では、皮肉であるとか嫌味というような「複雑な表現」をニュアンス込みで正確に伝えるのは不可能であるという単純な理由のためです。

 原理は単純ですが、日本のように複雑な文脈を前提に「込み入ったレトリック」を駆使するのが当たり前の成熟社会に馴染んでしまうと、なかなか対応が難しいのは事実だと思います。「どうしても美辞麗句や壮大な理念は嘘臭く思えてしまう」などという理由で、あるいは日本国内向けの「リップサービス」を意識する中で「ついつい嫌味や皮肉が出てしまう」ということになるのだと思います。

 もう1つは「敵か味方か」という発想法では複雑な現代社会には対応できないという問題です。猪瀬発言の背景には「イスラム教徒のテロと戦っているアメリカ」は「トルコより日本に親近感を持ってくれるだろう」つまり、「対イスラムということでは日米は味方」であり、もっと言えば「内輪」だという感覚があったのだと思います。

 また麻生発言に関しては、4月中旬以来カシミール地方でインドと中国の国境をめぐる緊張があったということを受けつつ、日印が同盟して中国を「囲い込もう」という意図、そして「中国という共通の敵」を持つことで日印両国は「味方」であり「内輪」であるという意識があったのだと思います。

 どちらも呆れるほど単純な「共通の敵を持つ同士は味方であり内輪である」という発想です。では、どうしてこのような発想法はいけないのでしょうか? それは本稿の最初の指摘にあるような「理念を前提にしたコミュニケーション」に違反するからだけではありません。

 現代という時代は、自分と利害関係のある相手を、単純に「敵と味方」に分けられるような時代ではないのです。例えば、ニューヨーク・タイムズに代表されるアメリカのリベラルなメディアにとっては、ボストンのテロ事件というのは「アンチ・イスラム」などという文脈で受け止められるような問題ではありません。

 一方には「国内テロ犯」へと思い詰めていった個人の心の軌跡への真剣な関心があり、一方では、今回の事件は「グアンタナモ収容所や軍事法廷」で対応するのではなく、通常の刑事事件として法廷で裁くことで「テロ取締を正常化」したいという思いがあるわけです。そのような複雑なニュアンスを持ってボストンの事件を見つめているニューヨークの街なり、ニューヨーク・タイムズというメディアが、幼稚な「アンチ・イスラム発言」に「同意」するはずもないわけです。

 麻生発言の場合も、正にニューデリーで麻生大臣が放言していた5月4日の当日には、インドと中国はカシミール問題に関する外交交渉が終わっており、翌日の5日には沈静化へ向けての動きが始まっていたことを考えると、この何とも軽い「嫌中発言」だけが浮き上がった印象を与えます。

 別の事例を挙げるなら、先週から今週にかけてはシリアにおける「アサド政権による反政府勢力へのサリン攻撃疑惑」というのが国連をはじめ、国際社会で大変な問題になっているのですが、その文脈とは少しズレた形で、このタイミングでイスラエルが「アサド政権がヒズボラにミサイルを供与している」という理由からシリアへの空爆を行なっています。

 この問題に関しても、「事態を受けてシリアの反政府勢力を米英が中心の西側が支援するのか?」、「イスラエルの行動に同伴する形でアメリカが動くのか?」、「ボストンの事件を契機にチェチェン人は共通の敵だとしてアメリカに接近しようとしているロシアはシリア支援を止めるのか?」という3つの「クエスチョン」を仮に設定してみたとします。こうした問いの答えとしては、当面は全て「ノー」としか言えないことでも分かるように「単純な敵と味方の切り分け」は不可能です。

 こうした「複雑さ」というのは今に始まったことではありません。第2次大戦の初期の国際関係も「米」「英」「スターリンのソ連」「ナチスドイツ」の4つのプレーヤーは、お互いに戦略上のパートナーシップをどう組んで行くのか、ギリギリのところまで自由度を確保しようとしていました。様々な裏切りや秘密協定の存在は、その手段であったと見ることができます。

 その複雑な状況を単純化したのは日本でした。東條政権の日本が対米戦に踏み切ることで、敵と味方が完全に色分けされて世界大戦の構図が決定したからです。日本は「敵味方のハッキリしない」状況を、軍事外交の自由度を残した状態であると理解して、戦略的に行動することができなかったのです。そう考えると、今回の猪瀬発言や、麻生発言には笑えないものを感じます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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