コラム

選挙モードに突入したオバマ、タカ派演説の真意は?

2012年01月30日(月)11時18分

 1月に入ってのアメリカの政局報道は、共和党が中心でした。アイオワ、ニューハンプシャー、サウスカロライナと、各候補がジェットコースターのような浮沈を繰り返す様子が、TV各局や新聞の紙面を相当の割合で占めていたのです。今回の予備選は、相互の中傷合戦がヒドいのですが、それでも話題性はあり、従ってメディアは取り上げるという中で民主党の現職であるオバマ大統領の存在感はやや薄れていました。

 これに対して、オバマの方も実質的に「大統領選挙モード」に突入しています。1期目の現職として、2期目を目指す大統領に取っての選挙戦というのは、選挙の年の初頭に行われる「年頭一般教書演説」が事実上のスタートになると言われています。今回の、その「一般教書」は24日の火曜日にありました。

 世間的には「雄弁な演説」という評価もあるようですが、私には一種異様な感じがしました。というのは非常に「ホーキッシュ(タカ派的)」なレトリックが目立ったからです。

 例えば冒頭の部分で「同時に過去10年間とは違い、今やオサマ・ビンラディンを米国として脅威を感じることはなくなった」と述べたのです。これは明らかに「オバマの手による暗殺」の成果を誇示しているわけで、血塗られた道を歩む中で「やってしまったこと」を「功績としてゆくしかない」この大統領の宿命を示している、そんなイヤな感じもした部分でした。

 これに対して、場内は拍手で盛り上がりました。その拍手を受けて、オバマは、「ヘリコプターの不調にも関わらず果敢に作戦を実施し成功させた海軍特殊部隊(ネイビー・シールズ)」を称え、彼らには共和党支持も民主党支持もいただろうが一致団結してやったんだとか、その際に「シチュエーションルーム(作戦司令室)」で事態の推移を見守っていた自分と一緒には、ブッシュ政権の国防長官だったボブ・ゲイツや、予備選のライバルのヒラリー(国務長官)もいたが、こっちの方も一致してやったんだというような「過去の敵との和解による団結したアメリカ」を強調したのです。

 要するにオバマとしては、自分は現職として「ビンラディン暗殺」も含めて実績があるんだということ、そして軍事外交の厳しい問題には与野党でガタガタ言わずに団結してやらなくてはいけないし、実際にそれが可能なんだ、そしてそういう形で国を統合するのが合衆国大統領という自分なんだということが言いたかったのだと思います。立派なタカ派演説です。

 ちなみに、この「一般教書演説」の入場の際に、オバマはパネッタ国防長官に対して「グッド・ジョブ(良くやった)」と声をかけていたのを、CNNなどの中継映像が捉えていました。その際には、演説の内容から「イラク戦争の集結と、ビンラディン殺害成功」について、改めて軍への謝意を述べているように見えたのです。

 ですが、実際は違いました。この演説の直前に、米海軍特殊部隊(ビンラディン殺害作戦に参加したのと同じネイビー・シールズ)が、ソマリアで海賊の人質になっていたアメリカ人女性とデンマーク男性の2名を、急襲作戦によって無事救出していたのです。「グッド・ジョブ」というのは、実はこの作戦の成功というニュースが秘密裏に大統領に伝えられ、それに関して国防長官に「良くやった」と言っていたわけです。

 演説に際しては何も言わず、ただ「グッド・ジョブ」と言って褒める大統領と、微笑を浮かべた国防長官の「絵」を謎として世論に投げ、その後で「ソマリアでの急襲作戦成功」という発表を流したことで、大統領と国防長官への信頼感もアップする、ある種の計算がそこには感じられます。ちなみに、ソマリアの海賊はこの作戦に際して9名がその場で殺害された一方で、米海軍と人質の犠牲はゼロだったそうです。

 こうした「タカ派演説」と、それにソマリアでの急襲作戦の成果を絡ませることが、正に「現職としての選挙モード突入宣言」だったわけです。

 ではオバマはこのまま「タカ派イメージ」を高めていって「右傾化した強力な大統領」を目指そうというのでしょうか? 必ずしもそうではないと思います。まず政策の前提が違います。オバマにしてもパネッタ国防長官にしても、財政規律の観点から国防費の抑制には躍起になっているのです。また、中国とのパワーバランスの維持を最優先事項にすることで、中東での軍事プレゼンスは優先順位を下げようというのがオバマ政権の方針です。

 そのように軍事費の圧縮と効率化を進めるから「こそ」、国内的にはこうした演説や救出作戦の際には思い切り成果を誇示して、大統領としての求心力を高めようとするわけです。ですから、タカ派演説をしたからといって、そのままオバマは右傾化したという理解は正しくないわけで、2012年という選挙の年を勝ち抜くための、したたかな計算がある、そう見ておくのが良いと思われるわけです。

 そして、仮に悠々と再選を果たし、景気回復も確実なものとした場合には、「2期目」の4年間を通じて、改めてオバマは歴史に名前を残すような仕事へと欲張りな姿勢を見せるのではと思います。それは画期的な軍縮かもしれないし、中東和平かもしれないわけです。もしかすると、広島・長崎献花と核廃絶への再度のメッセージ発信ということにもなるかもしれません。

 ですが、そうした「オバマらしい」行動はあくまで今年の選挙で大勝できた場合に、その先に考えうるものです。11月の選挙までの間は、あくまで政治的に「勝つため」のメッセージ発信を続けるしかないのです。今回の演説はその第一歩だと考えられます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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