コラム

政治という「現実」に組み込まれた「ウォール街デモ」

2011年10月14日(金)11時29分

 ニューヨークのウォール街を中心に、全米に広がっているデモですが、ここへ来てアメリカの政治という「現実」とのリンクが明確になってきているようです。

 まず、今週のデモ隊は、マンハッタン島内の「億万長者のコンドミニアム」に押しかけて抗議行動をしています。その光景は、何とも「子供っぽい」ものでした。バスを仕立てて、デモ隊の集結地であるダウンタウンから、富裕層の住むアッパー・イーストなどへ押しかけたというのもマンガ的ですし、ニューズ・コーポレーションのマードック会長邸の外で「税金を払え」というコールをするというのは、同氏の支配する米国の「FOXニュース」などのTVメディアが「保守的」ということへの反発が重なって見え、メッセージがぼやけた印象です。

 この欄でも取り上げた「サブプライムの問題を予見した天才」ジョン・ポールソン氏の邸宅もデモ隊に囲まれましたが、不動産バブルの破綻をリスクを取りながら予見した同氏のことを「億万長者」だと批判するというのは、「逆張りをして儲けたのはずるい」というこれまた、何とも幼稚なセンチメントだと思います。

 そう考えると、そもそもウォール街でデモを仕掛けたというデモ隊の心情の核には「資本主義への批判」などという理屈ではなく、リーマン・ショックを契機にアメリカを追い込んだ「失態」への怒りがある、つまり思考パターンとしては、深みのない発想ではないかと思うのです。

 そうは言っても、この「億万長者批判」ですが、オバマ政権が今回議会に突きつけている「雇用対策法案」とダブって来ています。この法案、一昨日までに議会上院での審議が期待されていたのですが、原案通りでは全く可決のメドが立たないことになっています。それはともかく、デモ隊の行動がオバマの政治日程には見事に重なってきているとは言えるでしょう。

 同時に、先週あたりからニューヨークの場合は特にそうですが、教職員組合がデモに参加してきています。これは、全米の地方自治体で教育予算が大幅カットになる中、教員のリストラがものすごい勢いで進んでいるのを受けたものです。例えば、ニューヨーク市でもそうですが、産休の代理教師をカットするとか、音楽教育の一部をカットしてしまうとか、そもそもカネがないので、なりふり構わぬリストラになっているわけです。

 これも、オバマの政策とリンクしています。というのは、その上院での審議入りに失敗した雇用対策法には、地方の教員確保のために連邦が補助金を出すという内容が入っているのです。ということで、一見すると「世間への反抗」というカルチャーと誤解しがちな「ヒッピースタイル」のデモですが、与党とオバマ政権の具体的な「政治」とはしっかりリンクしているわけです。

 このことは、功罪の両方があるわけで、例えば共和党の一部からは、デモ隊とリンクしたオバマの法案は「社会主義で危険」という反対のキャンペーンになってくるわけですが、では、右派の「ティーパーティー」とこの「雇用デモ」とは、アメリカを完全に「左右に引き裂こう」としているのかというと、それもちょっと違うように思います。

 というのは、やはり「雇用」という問題が琴線に触れるという感覚は、左右を問わないところがあるからで、デモがこれだけ全米に広がっているということについては、左右を越えた政治の世界でも「受け止めなくては」という意識になっていく可能性があるのです。

 では、具体的にはどんなシナリオが考えられるのかというと、恐らくは、オバマの「雇用刺激法案」をある種の「縮小」することで、与野党合意を目指すというストーリーです。これはかなり現実的にあり得る話で、そこで一定の成果があれば、デモ隊の行動にも1つのメドが打たれることになるのではと思います。

 それはともかく、アメリカの若者が「教職員組合」と連帯してデモをしているというのは、日本とは感性の違いがあるかもしれません。教育水準がある程度高いリベラルの若者は、基本的に高校時代の「先生たち」にはフレンドリーな感覚があるのです。

 勿論、多少の「羽目外し」はやってきている彼等ですが、教師は「醜い大人の見本」などと反抗するカルチャーはあまりないのです。むしろ、ベトナム戦争の告発や、日本への原爆投下を批判したような「教職員組合系の先生たち」とデモ隊の若者は非常に仲が良い組み合わせだということは言えるでしょう。

 そう申し上げると、どこか微温的で「世代独自のカルチャーは弱い」という印象を与えるかもしれません。そうかもしれませんが、とにかく、具体的な政策論にリンクしていることも含めて、極めて現実的な行動だということであり、思想闘争的な抽象論そのものが要素としては少ないのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

独ZEW景気期待指数、1月は10.3 予想以上に低

ワールド

韓国尹大統領、非常戒厳巡る国会審議妨害否定 弾劾裁

ビジネス

トランプ米政権の政策、銀行は影響を分析 混乱から利

ビジネス

台湾輸出受注、12月20.8%増と3年ぶり伸び率 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの焼け野原
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    メーガン妃とヘンリー王子の「山火事見物」に大ブー…
  • 5
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    台湾侵攻にうってつけのバージ(艀)建造が露見、「…
  • 10
    身元特定を避け「顔の近くに手榴弾を...」北朝鮮兵士…
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 10
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story