コラム

IAEAの「権威」に振り回されるな、「権威」を利用せよ!

2011年04月22日(金)11時02分

 福島県のことがどうしても気になっています。

 特に飯舘村の「計画的避難」の問題では、地元では納得感が得られない一方で、線量計のデータを含めた経緯が全国ニュースで流れています。住民に今後向けられる風評被害の可能性、そして住民がある意味ではそれを覚悟している現実など、21世紀の現代にあって信じられないような迷走と悲劇が静かに進行しているように思うのです。

 この迷走の背後には日本政府がIAEAとの連携に失敗しているという問題があると思います。IAEAに関して私はこの欄を使って何度か提言をしてきました。もう一度要約すると、

(ア)天野事務局長は事故の当事国外交官出身であり、利害相反の疑念を招く以上、出処進退を明らかにすべき。

(イ)だが、天野氏自身が事務局長として日本に乗り込んだ以上、辞任のタイミングは消滅。

(ウ)ならば、あらゆる安全基準についてIAEAの「お墨付き」をもらって国内外の納得感を高めるように行動せよ。具体的には低濃度汚染水の緊急排出の許可をもらう、IAEAにオーソライズされた安全基準を国内適用して風評被害を封じるなど。

 というのがその提言です。ですが、今回ちょうどこのエントリが公表された頃には、まず20キロ圏以内の「警戒区域設定」がされ、飯舘村等の「計画避難区域」に対する避難指示が出ることになるわけで、この動きを見ていると私の提言した方針とは全く逆の妙な動きになっているように思います。実際に起きたのは次のような流れです。

(1)3月14日、3号機水素爆発。風向と地形の関係で、20キロを超える飯舘村に高濃度の放射性物質が飛来・沈降したと推測される。

(2)3月18日、IAEA天野事務局長の「来日」に合わせて、IAEAの調査チームが飯舘入り。以降26日まで調査。

(3)3月30日、ウィーンにてIAEAのフローリー事務次長が記者会見。飯舘村の線量は高く、避難を勧告と声明。同日、天野事務局長は6月の「原発事故対策の閣僚級会議」開催を発表。

(4)3月31日、原子力安全・保安院は「日本基準では飯舘の避難は不要」と発表。

(5)4月11日、飯舘村に「計画的避難区域」が設定される。一カ月をメドに避難をという方針。

(6)4月16日、福山官房副長官、飯舘入りして村長に謝罪。理解を求める。

(7)4月19日、IAEAフローリー事務次長は、6月末の閣僚会議へ向けて、5月に再度調査団を派遣と発表。

(8)4月21日、菅首相福島入り。翌日の警戒区域設定と計画避難指示について佐藤知事に説明。

(9)4月22日、20キロ圏内は警戒区域設定、無断立ち入りを禁止に。計画避難指示。

 ここまでの事実関係から、「計画避難区域」の設定はIAEAの調査結果を受けて、はじめは消極的に、その後は徐々に真剣にという変則な形で進んだこと、IAEAが5月に再調査するという発表を受けて、計画避難と警戒区域設定が行われたことが浮かび上がってきます。

 警戒区域の設定については、首相自身が乗り込んで説明したことも含めて何とも唐突でしたが、5月のIAEAの再調査の時点では、20キロ圏が「しっかり管理されている」ことを見せないといけない、あくまで状況証拠からの推測ですがこれが主要な動機と考えられるように思います。炉やプールの状態が悪くて、再度の大規模飛散を警戒しているのではない以上、他に主要な動機は考えられません。

 つまり日本政府としては、ただただIAEAの調査団をあくまで「ガイアツ」と認識して、見解を認めなかったり、逆に調査を恐れて「期限ギリギリに宿題をやっている」と見ることができます。こうした迷走のことを、菅内閣が無能だから起きたとか、官僚組織が硬直化しているから起きたという「解説」は可能です。もっと「ひねくれた」見方をすれば、自分たちの仲間である元日本外交官を応援する勢力と、それに抗する勢力が霞が関で暗闘を繰り広げていたなどというストーリーも描こうと思えば描けます。

 ただ、これはちょっと悪意が過ぎます。私の推測は、そうした政治的な問題よりも、「IAEAの基準通りにやっていたら、避難規模が拡大してしまって福島県の日常生活は大混乱になる」という判断から、「何とか穏便にやろう」として、都合の良いデータを選んだり、見解を曲げて解釈したりした結果、「結局はできなかった」という破綻に至ったというのが真相に近いと思います。

 そうは言っても、非難や批判は何も生みません。IAEAの次回調査に際しては、福島県の都市や農地の線量を「どう計測し」「どう評価するか」を徹底して討論し、例えばメンタルな面も含めた健康管理について、食の安全について、あるいは土壌の入れ替えや除染についての助言をもらって欲しいのです。とにかく福島の人々に安心を届け、福島の人々や福島の産品が風評に晒されないように、国際基準による評価と対策は何かをハッキリさせて欲しいと考えます。

 飯舘だけでなく、福島市内の状況もたいへんに心配です。幼稚園児に対して「危険だから当分は砂場遊びは禁止」と説明している映像がNHKで流れましたが、私は胸の痛む思いがしてなりませんでした。砂場の砂の線量が高いのなら、砂を入れ替えれば済むことです。今は、もう大量の放射性物質の沈降はないのです。今ある線量は、原発からダイレクトに来ているのではなく、砂場の砂を含む土壌や建築物の外壁、下水溝などから出ているだけなのです。

 もしかして、国としてはまだ水素爆発の危険があるので除染を止めているのでしょうか? それともコストの問題なのでしょうか? 半減期を待てば除染しないで済むと思っているのでしょうか? これも国に決断できないのなら、IAEAに勧告を出してもらうしかないと思います。

ここまで書いたところで、飯舘村を含む計画避難については5月末までという期限が切られました。ということは、飯舘村の避難が完了していない状態でIAEAの調査団を迎えるということになるわけです。従来の霞が関的な発想からは、IAEAの前で「恥」を見せるのは「失態」なのかもしれません。ですが、村民と政府の間で調整のつかない「正直」な状況をIAEAに見せて一緒に悩んでもらうというのであれば、それはそれで仕方がないようにも思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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